今週火曜日のザ・ボイスは、評論家の宮崎哲弥さん、専修大学経済学部教授の野口旭さんとお送りしました。テーマは「雇用と賃金」。今回は、事前に2つのグラフを公開し、その解説も含めて放送しました。番組の公式ツイッターアカウントにはこのグラフのみをアップしていたのですが、ここでは復習も兼ねてこのグラフを読み解いていこうと思います。
まず、雇用環境について。足元の完全失業率は、最新の2017年9月分で2.8%。アベノミクス当初の2013年1月は4.2%でしたから、数字だけ見るとかなり改善したように見えます。ただし、ここでアベノミクスを懐疑的に見ている人たちからは批判が上がるわけですね。団塊の世代が大量引退し、生産年齢人口が減っている。つまり働く人の数が減っているのだから、失業率は下がるに決まっている。決して、アベノミクスの効果などではない!と。ちょっと聞くと説得力があるようにも見えます。しかし、この言説はデータをきちんと踏まえていないことが、このグラフを見ると一目瞭然です。
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たしかに、生産年齢人口は減っています(グラフの青い線)。が、徐々にではありますが、労働力人口も就業者数も増えているんですね。労働力人口とは、15歳以上の人のうち、現在すでに働いている人(就業者)と求職中の人(完全失業者)の合計。求職すらもあきらめてしまった人は対象になりません。したがって、景気拡大の初期には今まで求職をあきらめていた人が再び求職活動をはじめますから、労働力人口は増えることがあるんですね。しかし、それもある程度すると一巡すると言われていました。
ところが、御覧の通り、このアベノミクスの景気拡大期は労働力人口が増え続けています。ただ、ジワジワと増えてますから、あんまり変わっていないようにも見えますよね。そこで、今度は前年同月と比べての変化率を取ったグラフがこちらです。
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これを見ると、生産年齢人口が一貫してマイナス圏で推移しているのに対して、アベノミクスが実質始まった2013年初頭からは労働力人口、就業者数の変化率はプラス圏に顔を出し、ほぼそのまま増え続けているのが見て取れますね。ということで、生産年齢人口は減っていますが、働く人、働く意欲のある人は増えています。これがまず一つ目の事実誤認です。
次に、そもそも失業率とは、労働力人口に占める完全失業者の割合です。数式にすると、
完全失業者
完全失業率(%)= ――――――― ×100
労働力人口
となりますね。
この時、アベノミクス批判派が言うように、働く人が減る一方で失業者数が減っていないのだとすると、失業率は上昇してしまいます。つまり、分母の労働力人口が減って分子の完全失業者が変わらないとすると、出来上がりの数値は大きくなりますね。3分の1より2分の1の方が大きいという単純な理屈です。働く人が減れば失業率は減るという、これまた単純な事実誤認が存在するわけなんですが、事実はさらに異なっていて、労働力人口は増えています。ならば今度は、逆に失業率は減らなくてはいけないんですが、2つ目のグラフを見るとわかる通り、就業者数も同じペースで伸びています。
まとめると、仕事をしたいと手を挙げる人(=その時点では完全失業者)が次から次へと供給されてきて、なかなか失業率が減っていかない。ただし、次から次へと就業していきますから、失業率が劇的に上がるわけでもない。上下からの圧力で、結果的に失業率があまり動かなくなっているというのがわかります。
したがって、手を緩めた瞬間に、言い換えれば現在の経済政策を止めて就業者の増加が止まってしまった瞬間に、失業率が上昇してしまうことも考えられるわけですね。一方で、ある閾値を超えて労働力人口が増えなくなれば(=完全雇用状態を達成すれば)失業率は劇的に減少する可能性も秘めています。そうした超人手不足の状況になれば、企業は否応なく賃金を引き上げることになり、その原資を生む意味でも収益改善のために値上げを行うようになり、物価も上昇トレンドになるのでしょう。どちらに転ぶか、いまその瀬戸際にいるということが理解できると思います。
さて、どちらの道を選びますか?