ザ・ボイスでも水曜日に何度もコメンテーターとして出演したくださった、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの上席主任研究員、片岡剛士さんが日本銀行の審議委員の後任に推されました。国会での同意人事ですから、まだ確定ではなく政府側から後任に充てるという人事案が提出された段階ですが、衆参両院ともに与党が過半数を占めていますからほぼ当確ということでしょう。
<政府は18日、日銀審議委員に、三菱UFJリサーチ&コンサルティング上席主任研究員の片岡剛士氏と、三菱東京UFJ銀行取締役の鈴木人司氏を充てる人事案を国会に提示した。7月23日に任期切れを迎える木内登英氏と佐藤健裕氏の後任となる。木内、佐藤両氏が現行政策に反対票を投じてきたのに対し、片岡氏は大規模な量的緩和を支持する「リフレ派」の論客で、政策委員の積極緩和色が強まりそうだ。>
片岡さんが就任すれば新日銀法下で最年少となるということも含めて、各紙大きく報じていますが、どちらかといえば批判的な報道の方が多いようです。特に、金融緩和に否定的な各メディアの経済部発の記事ではその傾向が見られます。
<エコノミスト出身の木内登英、佐藤健裕両審議委員が7月に任期満了を迎えるのに伴う後任人事案として政府が18日、衆参両院に提示した。木内、佐藤両委員は大規模緩和に反対してきただけに、市場機能低下など緩和の副作用をめぐる議論の形骸化も進みそうだ。>
他の各紙・局も似たり寄ったりで、議論がなくなる、賛成一色にといった表現が見られます。しかしながら、実際に何度も片岡さんと仕事をしてきた身としては、決して片岡さんは日銀執行部に対して"賛成一色"だったわけではありません。むしろ、物価上昇率が誘導目標に届いていない今、さらに緩和を進める必要を訴えていました。
もう一段の金融緩和を行うことで、失業率をもう一段低減させ、構造失業率(自然失業率)に到達。同じ賃金ではもうこれ以上1人も雇うことはできない(募集をしても人が集まらない)という状況になれば、企業側は賃金を上げざるを得ず、結果そこから好循環が生まれるという主張です。
また、去年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」、いわゆる「イールドカーブ・コントロール」という新しい枠組みを打ち出した際には、今後は財政出動の重要性が高まるという話もしていました。イールドカーブ・コントロールにより長期金利が固定されるとなれば、市場に国債が足らなくなると日銀は手元の国債を売って金利の下落を防ぐ必要が出てきます。逆に、市場に国債が潤沢にあれば、日銀は国債を買い入れて金利の上昇を食い止める必要が出るわけです。手元の国債を売るというオペレーションは、逆に言えば市中の円を吸い上げる行為ですから引き締め政策となります。一方、国債買い入れは今日銀が行っているような量的金融緩和で、市中に円を供給するわけです。
従って、イールドカーブ・コントロール下では、日銀が引き締めに転じるか緩和を拡大するかは市場への国債の供給量次第で変わります。そして、国債を市場に供給するのは、日本政府。ですから、国債を発行して使う財政出動の重要性が死活的に高まるという主張をしてきたわけです。
さらに、先日私もこのブログに書きましたが、実は安倍政権が緊縮財政を敷いているという隠れた事実を決算における政府支出の推移から指摘していました。政権を獲得した2013年こそ拡張しましたが、その後は少しずつ総支出が減り続けています。この間、社会保障関連支出は増え続けていることを考えると、需要喚起のための支出については全体の支出減以上に緊縮になっているのは明白。これらの問題を解決し景気を好循環に持って行くためには、金融政策と財政政策のポリシーミックスをやるしかない。これがアベノミクスの再起動だと主張されていました。
このところ現状維持をくり返し、ぬるま湯の経済状況に甘んじてきた日銀政策委員会に風穴を開けてくれることを期待したいと思います。もちろん、ぬるま湯であっても水風呂だった白川総裁下の日銀よりはよほどマシですが、まだまだやれることがあることを考えると、片岡新審議委員は責任重大です。
日銀が政府の財政政策まで影響を及ぼすことはなかなか権限上難しいというか、ほぼできないわけですが、まったく手がないというわけではありません。まさにアベノミクスが始動した2013年の初め、政府と日銀は共同声明を発表し、金融・財政政策の連携強化を発表しました。政府・日銀のアコードと呼ばれたものです。
この中で日銀は物価安定の目標を前年比2%上昇と定義し、<上記の物価安定の目標の下、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指す。>としているのに対し、政府側には具体的な財政政策の方策や数値目標を設けていません。財政政策を匂わす記述は、<我が国経済の再生のため、機動的なマクロ経済政策運営に努めるとともに>というあたりのみ。しかしそれとて、<政府は、日本銀行との連携強化にあたり、財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取組を着実に推進する。>という縛りを設けています。
すなわち、財政健全化が第一にあって、その範囲内であれば財政政策も可能としか書いていないわけです。もちろん、当時の政治状況を考えれば翌年4月に予定されていた消費税増税を前に、財政健全化を前面に打ち出さなくてはいけない事情がありました。そして、その後の経済低迷はご存知の通りです。
そこから、ようやくぬるま湯レベルにまで温まってきた日本経済。足元の政治状況も変わったわけですから、こうした金融緩和偏重の政府・日銀アコードを見直し、本当にデフレから脱却する決意を明らかにするアコードに改訂する必要があるのではないでしょうか?審議委員が出来ることは限られるかもしれませんが、片岡さんに期待したいと思います。