予定通りだと2019年の10月に消費税が8%から10%に値上げされます。前2回の増税延期の判断の時期を考えると、今回も増税の可否を判断するのはおよそ1年前の2018年10月。従って、今、2017年の8月9月というのは、増税可否の判断の1年前。増税の可否の判断には、足元の経済状況に加えて世論の雰囲気も重要になります。特に、過去2度増税のタイミングを袖にされている増税派にとっては、増税容認の世論を徐々に作っていくためには、ここら辺から本腰を入れていかなくてはいけません。
ということで、財政規律の面や社会保障の持続性の面、はたまた借金はいけませんという倫理的な面からも「増税すべきすべきすべき!!!」という記事が増えておりますが、今朝の日経新聞には驚きました。3面の「エコノフォーカス」というコーナーで、増税見送りは高齢者を忖度しすぎた結果で、むしろ増税を回避して社会保障を充実してほしいという「ただ乗り」の若者を許してきたという、にわかには信じがたい記事が登場したのです。
<年金は少しでも多く、医療・介護や税の負担は少しでも小さく――。若者に比べて高齢者を優遇する「シルバー民主主義」政策が財政を悪化させてきた。お年寄りがこれからますます増えるなか、目先の痛みを強いる財政再建など、とても支持を得られない。だがこうした常識を覆す研究が出てきた。諦めるのはまだ早い。>
この記事はウェブ上では有料会員のみが閲覧可能なもので、リード文のみでは中身はわかりませんのでざっと要約しますと、
「投票率の高い高齢者に配慮して、社会保障は充実する一方増税を見送ってきたわけだが、実は高齢者は社会保障が充実するのならば増税を受け入れる用意がある。問題は、若い世代が増税せずに社会保障を充実させるという『ただ乗り』が最も支持を得ていることにある。若者の理解が課題だ」
というところでしょうか。実はこの記事は、記事の中にも登場する慶応大学の鶴光太郎教授らの研究をベースにしていています。
鶴教授が経済産業研究所のプロジェクトの一環として、社会保障の給付負担に対する選択を決定する要因について行ったの独自調査がこの論文の下半分に載っています。増税のありなしと社会保障の拡大縮小で4つの組み合わせを作り、それぞれ「増税○社会保障拡大=大きな政府」、「増税○社会保障縮小=持続性重視」、「増税×社会保障縮小=小さな政府」、「増税○社会保障拡大=ただ乗り(フリーライダー)」と分類しています。その上で、個人の属性や意識がどんな影響を与えるのかを調べると、
<教育水準や時間当たり所得水準が低い人ほど、増税せずに社会保障の拡大を求める「フリーライダー派」になりやすい。
また、個人の意識に着目すると(1)政府や他人への信頼が低い(2)年金の不正受給、無賃乗車、脱税、収賄、ごみのポイ捨て、盗難品購入などの行為を間違いとする公共心が低い(図参照)(3)政府への依存が強く、市場経済に懐疑的、といった特徴を持つ人ほど「フリーライダー派」になりやすいことが分かった。>
これはそっくりそのまま日経の記事にも書かれているわけですが、日経記事は上記の要約にも書いた通り、世代間での違いも加味しているので非常にタチが悪くなっています。
すなわち、高齢者は"日本の財政状況"(=このままいけば借金が増えて破たんする!)を良く分かっているので実は増税に賛成だが、若者は不勉強で良く分かっていないから、増税もせずに社会保障を拡大できるという"お花畑"のような考えができるのだ。それが証拠に、教育水準が低かったり、所得水準が低い人ほどタダ乗り派だし、公共心の低い人ほどタダ乗り派だ。まったく、最近の若い者は!!!
日経の主な読者層を考えれば、持てる高齢者。この記事の若者バッシングでさぞや溜飲を下げたことでしょう。
しかしながら、溜飲が下がったところで問題は解決しません。結局、この記事の結論は分かっていない若者を説得しようというところに落ち着きます。実際、"物わかりの良い"若者の中には、増税の変形の「こども保険」などと言って覚えの目出度い人たちもいるわけで、こうした説得もある程度は成功しているのでしょう。
ただ、大多数の若い世代はすでにある様々な負担や、デフレ時代を引きずった低賃金労働に今なおあえいでいます。ようやく経済が上向いてきたのに、ここでまた消費増税で好機をつぶそうとする流れに乗るはずがありません。
その上、上記の調査も日経記事も、経済成長によって財政再建を目指すことに過度に懐疑的です。日経記事では、わざわざ脇に囲みの解説記事風にこんな記事を配していました。
<日本で財政悪化に対する危機感が高まりにくいのは、日銀の金融政策によって長期金利が低く抑えられているためだ。安倍政権は消費増税を2回先送りし、経済成長による債務残高の国内総生産(GDP)比の改善を優先する。しかし痛みを避けた財政再建など、夢物語だ。>
夢物語だと批判していますが、その夢物語の中身は、名目2%程度の経済成長です。これを記事では、2000年以降の日本の成長率の平均は0.2%なのだから、その10倍の成長など無理だとしています。しかし、2000年以降はデフレまっただ中。その上、2009年のリーマンショックもその中に入っています。数々の経済失政の結果が0.2%なのであって、これを打破しようというのがアベノミクスの特に第1の矢と第2の矢だったのではなかったでしょうか?
日本以外の先進国は1%台後半から2%台とほぼ達成できている水準。日本でも、アベノミクス初期の2013年度は実質2.6%成長していました。翌2014年度はマイナス0.5%ですが、これは消費税増税が効いていることが明らかです。何のことはない、一度達成したことのある水準なのですから、これのどこが夢物語なのでしょうか...?
上記、経済産業研究所の論文はこう締めくくられています。
<ポピュリスムが世界を席巻する今だからこそ「フリーランチ(タダ飯)などない」という大原則の再確認と、様々な秩序や制度の維持のためのちょっとした「やせ我慢」が我々に求められている。>
増税に賛成しないのは公共心が低く、教育水準が低く、給与水準が低い若者。物の分かった知識人の嗜みとして増税には賛成しなければならない。
そんな空気に流されてはいけません。「やせ我慢」どころか、生まれてこの方、大変な我慢をすでに20年以上してきたはずです。