地震のショックから、熊本は立ち上がって前へ踏み出そうとしています。その復興の全体のデザインをどうするか、ゴールデンウィーク中に有識者会議の設置が発表されました。
<熊本県は4日、熊本地震の災害復興計画策定のため、東日本大震災復興構想会議の議長を務めた五百旗頭(いおきべ)真・同県立大理事長ら5人を招いた有識者会議を設置すると発表した。
同会議は10、11日に会合を開き、緊急提言をまとめる予定。
メンバーは五百旗頭氏のほか、東日本大震災復興構想会議の議長代理だった御厨(みくりや)貴・東大名誉教授、「人と防災未来センター」(神戸市)の河田恵昭センター長、経済政策に詳しい金本良嗣・政策研究大学院大特別教授、政治学者の谷口将紀・東大教授。(後略)>
東日本大震災の復興構想を練った方々が再び結集。日本の英知を結集し一日も早い復興を目指すそうですが、東北の被災地は5年が経っていまだ復興半ばという印象です。熊本の被災地も同じようになってしまうのでしょうか?参考までに彼らが東日本大震災の復興構想会議でどのような議論をしていたのかを見ておくことは有益です。
東日本大震災復興構想会議では、平成23年6月25日に~悲惨のなかの希望~という提言を発表しています。
この提言の目次よりもさらに前に、「復興構想7原則」が示されています。ポイントは原則5。ここには、<被災地域の復興なくして日本経済の再生はない。日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない。この認識に立ち、大震災からの復興と日本再生の同時進行を目指す。>と書かれています。
さらっと読むと、経済の浮揚と被災地の復興はセットだと思うでしょう。しかし、そう書かれているのは2文目までで、3文目で「復興」と「日本再生」という別の組み合わせが同時進行することを目指すとされました。
「日本経済の再生」と、「日本再生」は似ているようで全く違います。「日本経済の再生」ならば、基本的に景気を良くするべく努力するのだと分かりますが、「日本再生」となると曖昧模糊としていて、人によってイメージするものが違います。当事者たちはどういったイメージだったのか?この会議の議長代理を務めた御厨貴氏は東日本大震災5年のインタビューに答えてこのように語っています。
<もともと東北は過疎問題を抱えていた。そのまま復興してもしょうがなく創造的復興が必要になる。東北を日本の先端に変えることで日本が変わるというのが『災後』の言葉に託した意味だ>
<ショックだったのは、被災地各地から出てきた復興計画が、もともと過疎化が進んでいたのに人口が増える前提にたったものが多かったことだ>
<僕ら(=復興構想会議)の思いと違う『明るい未来』を描いていた。被災地の過疎問題への対応は全国レベルの解決策に持っていくべきだったが、そこまでの発展性は現時点でみられない>
このインタビューの中でこの復興計画の目指すところを端的に表していたのが、「もともと過疎問題を抱えていた東北はそのまま復興してもしょうがない」という一文。そして、「創造的復興」、「日本の先端に変える」といった言葉を並べている一方で、後段では人口が増える前提の地元の復興計画を「僕ら(=復興構想会議)の思いと違う『明るい未来』を描いていた」と評しています。
となると、復興構想会議の計画とは『明るい未来』ではないということになります。穿った見方かもしれませんが、「過疎を抱えた被災地はそのまま復興しても仕方がなく、明るい未来は描きようがない」とも読めます。これのどこが「日本再生」なのか...。
なぜ、「日本経済の再生」が「日本再生」にすり替えられていたのか?その理由を、この提言書を読み進めていくと見つけることができました。
このPDFファイルの45ページ目、冊子では37ページに書いてある、<(8)復興のための財源確保>の項です。ここでは、日本国の財政が危機的であることを縷々述べた上で(これも大いに疑問がある前提なんですが)、
<こうした状況に鑑みれば、復旧・復興のための財源については、次の世代に負担を先送りすることなく、今を生きる世代全体で連帯し、負担の分かち合いにより確保しなければならない。>
としています。具体的には、
<政府は、復興支援策の具体化にあわせて、既存歳出の見直しなどとともに、国・地方の復興需要が高まる間の臨時増税措置として、基幹税を中心に多角的な検討をすみやかに行い、具体的な措置を講ずるべきである。>
と書かれています。そう。悪名高き復興増税が必要だと力説しているのです。そして、これは国の予算だけでなく、
<地方の復興財源についても、上記の臨時増税措置などにおいて確実に確保するべきである。>
と、とにかく増税増税増税。結果、まだ記憶に新しい復興特別法人税、復興特別所得税が課され、さらに、地方税の住民税も増税されました。これだけの増税があって、景気が浮揚するはずもありません。提言冒頭の原則5に戻れば「日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない」はずなんですが、増税しておいて日本経済再生など望むべくもなく、したがって「日本再生」という曖昧な文言に逃げ込む以外に方法がなかったんですね。
今回の熊本の復興については、この復興増税の轍を踏んではなりません。日本全体の経済が浮揚することによって被災地の経済も回っていくのであって、全体の経済が停滞しているときに被災地だけが浮揚するなんてことは絶対にありえません。そもそもインフラが傷ついているんですから、まずはその傷を治して他の地域と同じスタートラインに立たせることが重要ではないでしょうか?さもなくば、インフラが傷ついている分だけ増税の痛みは被災地にこそ直撃します。仮に被災地は徴税されなかったとしても、経済の減速が直撃するのは他ならぬ被災地なのです。
日本全体でこの痛みを支えることは、増税を耐えることではない。(熊本県南阿蘇村)
今日の地震非常災害対策本部会議に出席した熊本県の蒲島知事は、
「県や市町村の財源基盤は今回の大災害に対応するには極めて脆弱だ。激甚指定を超える国庫補助の充実やウラ負担分の交付税措置等のさらなる財政支援なしには再生に必要な予算確保が出来ず、熊本の復旧復興が実現できない。復旧復興の前に財政が破綻してしまう。そこで、復旧復興事業の確実な実施のために特別な立法措置によって中長期的な財源の担保をお願いしたい」
と発言しました。
地方側が財源を心配するのは当然のこと。問題は、それを増税によって賄うのであればかえって復興は遠のいてしまうという事実です。
折しも新発10年物国債の利回りもマイナスで推移しています。お金を借りる側の国としてはこれほど好都合なことはありません。莫大な資金需要があるこの復興期に、天が与えたこの好機。逃す手はないでしょう。まさに、「日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない。」わけですね。
熊本の有識者会議は明日、明後日行われる予定です。東日本大震災の際の有識者会議と同じようなメンバーだけに、同じ結論になるのか?それとも、違う道を示すことが出来るのか?おそらく大きな記事にはならないでしょうが、注目です。それこそ、日本の知識人たちが「戦後」の体質そのままの無反省を繰り返すのか、「災後」の新たな体質、反省を生かす新たな姿を見せられるのか?まさに真価が問われているのです。