このブログで何度かご紹介してきた世界的な反緊縮の流れ。この流れはすなわち、グローバル主義への疑問でもあります。
国を富ませようという考えの根本は一緒でも、その方法論の違いで2つの大きな流れがあります。ざっくりと言えば、ターゲットが企業なのか、家計なのか。これは、上からの景気浮揚か下からの景気浮揚かとも言われます。企業が稼ぐことで景気を上昇させ、それに引っ張られるように家計など国全体を富ませるか、家計の財布を温めて個人消費を活性化させて国全体の経済を引き上げていくのかという2つの方法論です。
日本では、下からの景気浮揚は高度経済成長時代に見られました。もちろん企業側も輸出を増やして成長したという上からの景気浮揚の側面もありましたが、一方で賃金が増えた家計側が大量の消費をしたことで景気が断続的に上がっていった面も忘れてはいけません。「三種の神器」「3C」などといった家電購入ブームが起こり、我先にと電器屋さんに殺到しました。
その後、日本も先進国の仲間入りし、安定成長時代に入りました。先進国共通の課題として、経済成長率の伸びが緩やかになるということがあります。賃金の上昇も緩やかになりますし、欲しいものは一通り手に入れたということで、家計に働きかけても思うほど景気が伸びない。そこで、企業が稼いで全体を引っ張って行ってもらおうという上からの景気浮揚の手法をとるようになります。業が稼ぎやすいように社会を変えることで景気を良くしようという新自由主義、構造改革路線です。
日本も、21世紀に入ってからは今に至るまで企業の世紀。たとえば、各種の規制を取っ払って海外からも企業が入って来やすいようにしよう。外国企業が国内で稼いでくれれば日本の経済が成長する!外国企業が日本を選んでくれるよう、法人税を下げよう。ただ、下げるばっかりじゃ財政がきつくなるから使った分だけ税を納める消費税を上げよう。あるいは、財政がきつくなった分だけ公共サービスは縮小しよう。今まで公共セクターが担ってきたサービスも民間に開放すればその分企業が稼ぎやすくなって経済が成長するだろう。
これらの施策により、企業は猛烈に潤いました。ただ、期待したようにそれが全体を押し上げたかというと微妙でした。当時よく「実感なき景気回復」と言われましたが、景気回復、つまりGDPの上昇と比べて、実質賃金が伸びなかったんですね。企業は稼いだお金を海外での投資に振り向けました。企業としては当然で、人件費の高い先進国でさらに給料を増やすよりも、人件費の低い新興国で投資した方が効率がいいからです。こうした流れは先進各国でおおむね共通していました。
おかしいじゃないか、約束とちがうじゃないか、企業は潤っても俺たちの景気は良くならない。給料が上がらない。政府は俺たちをサポートするどころか、公共サービスはどんどん貧弱になっているじゃないか。
そうしたことに先進各国で気づき始めたというのが反緊縮の流れというもの。ギリシャ危機に端を発したヨーロッパ、とくに南欧諸国で出てきたこの流れが、ついに大西洋を越えました。先日行われたカナダでの総選挙で、与党・保守党が大敗北。財政出動による景気浮揚を掲げた野党・自由党が政権を奪還したのです。
<【オタワ共同】19日のカナダ総選挙(下院338議席)で圧勝し、次期首相となる自由党のトルドー党首は20日、地元モントリオールの支持者集会で演説し「真の変革の時だ」と訴えた。景気回復策として保守党と一線を画す積極財政を進め、富裕層よりも中間層を重視した政策に転換する考えだ。>
積極財政についてはかなり前のめりな方針を掲げていて、インフラ整備などに600億カナダドル規模を投じるとのこと。向こう3年間はある程度の財政赤字も辞さないというのですから、腹を括っています。そのインパクトはフィナンシャルタイムズも社説で取り上げるほどでした。
『[FT]新首相と中道左派に託したカナダ(社説)』(10月21日 日本経済新聞)
<カナダ銀行(中央銀行)が景気刺激のための利下げをするさなかで、(筆者注:ハーパー前政権の)さらなる財政緊縮という公約はほとんど意味をなさなかった。一定範囲内の財政赤字を3年続けるという(筆者注:自由党の)トルドー氏の計画のほうが、よく練られている。カナダのインフラの多くは老朽化している。賢明に充てられるなら、トルドー氏の資本投資計画は十分なリターンを生んで価値あるものとなるだろう。
このようなインフラ投資は、低成長下にある他の民主主義諸国にも強力なデモンストレーション効果をもたらしうる。米国のオバマ政権も同様の計画を持ちながら、何年も議会を通せずにいる。また、各国政府がかなり異なるアプローチをとっている欧州でも注視されることになる。さらにトルドー氏は、超富裕層への増税を財源とする中間層の減税も計画している。これも価値がある。他の先進諸国と同様、カナダでも格差は拡大している。>
カナダのインフラがいかに老朽化しているかというのは、国の顔たる首相官邸でもこの有様だということが象徴しています。
『雨漏りでも建て替えは浪費?カナダ首相官邸』(10月30日 WSJ)http://goo.gl/DU6HW9
<10年ほど前に資金調達のため官邸を訪れたホスピスのボランティアは、ポール・マーティン首相の妻シェイラさんがドアを開けたときに信じられない光景を目にした。リビングの床に雨漏りを受けるバケツが置かれていたのだ。窓枠には結露を吸わせるタオルが並び、窓にはすきま風を防ぐためビニールがかぶせられていた。シェイラさんはボランティアの女性に、いつものことだと話したという。>
しかし、これを我々は海の向こうのカナダの出来事と笑えるでしょうか?たしかに日本の総理官邸は立派な建物が永田町に建っています。しかし、たとえば全国の道路網は疲弊。悲鳴を上げているかのようです。
『社会資本整備審議会道路分科会建議 道路の老朽化対策の本格実施
<Ⅰ.最後の警告-今すぐ本格的なメンテナンスに舵を切れ
(中略)
道路構造物の老朽化は進行を続け、日本の橋梁の 70%を占める市町村が管理する橋梁では、通行止めや車両重量等の通行規制が約 2,000 箇所に及び、その箇所数はこの 5 年間で 2倍と増加し続けている。地方自治体の技術者の削減とあいまって点検すらままならないところも増えている。>
反緊縮の流れが太平洋を越えてくる日は来るのでしょうか?こうしたことを主張しているのが、左派ではなく保守政党である自民党の一部のみであるというのは、残念な限りです。日本の政治には、健全な中道左派が求められているのかもしれません。