2014年9月

  • 2014年09月29日

    香港の現場から

     今週末、香港の民衆運動が大きく動きました。もともと香港では、2017年に行われる予定の香港政府のトップ、行政長官選挙の方法を巡って民主派と親中国派が鋭く対立していました。完全普通選挙を求める民主派に対し、事実上親中国の人物しか立候補を認められないシステムを作るという北京政府からの指令を忠実に履行しようとする現政権(親中国派)。業を煮やした民主派は、オキュパイ・ウォールストリートに習って『オキュパイ・セントラル(和平占中)』という中心部での座り込みを中心とする直接行動を10月1日に行うということを前々から通告していました。では、なぜそれが今週末に行われることになったのか?現地の空気を知れば何かわかるかも知れないと思い、たまたま先週末時間が出来たので香港まで行って見てきました。

     取材して日本での報道と違う感じたのは、香港の人々が何に怒っているのか?というところ。中国からの圧力で民主的であるべき選挙が歪められることに対する抗議というのが報道で伝えられているところですが、どうやら違うらしいのです。もちろん、選挙の方法についてが発端ではあったんですが、それ以上に、「いくらなんでも学生相手にやり過ぎだろ!」というのが本音にありました。

     それまで香港では、デモを抑える際に強制的な手段は取りませんでした。あくまでも市民運動を尊重するというのが、香港政庁の基本的な方針であったようです。ところが今回、26日(金)に学生たちが座り込みを始めたところ、催涙スプレーを無抵抗の学生の顔をめがけて吹きかけたり、強制的に排除したりと直接行動に出ているので、それを見ていた大人たちも我慢ならなくなったというのが真相のようです。学生たちが根こそぎ逮捕されるに至り、大人たちもこぞって学生たちの支援に集まりだしました。さらに、その模様を取材していた記者たちも警官隊の妨害に遭い、マスコミの論調も政府に厳しいものに。地元の各テレビ局は連日生中継を継続し、これを見た大人たちも現場に殺到。『オキュパイ・セントラル』を企画していた大学准教授らも初めは「予定通り10月1日に実施」と繰り返しアナウンスしていましたが、あまりの勢いに押し出されるように週末の実施を前日の深夜発表しました。

     さて、ではなぜ『オキュパイ・セントラル』なのか?これについても、日本の報道と現地とはちょっと違いました。というのも、日本の報道は『オキュパイ・ウォールストリート』の連想で金融街を占拠するというのが目的であるかのような報道がされています。たしかに、金融は香港の生命線。ここを脅かせば、政府に対してのプレッシャーになりますが、実は占拠している場所がちょっとずれていて、最初に学生たちが座り込みをしたのは政府庁舎の前の広場。というのも、ここが香港の民主主義が圧迫されていく象徴のような場所だったからです。

     話は3年前に戻ります。2011年、この政府庁舎を立て直した時に、当時の行政長官ドナルド・ツァン氏はオープンな政治を目指し、庁舎前の広場も広く市民に開放しました。その後、行政長官が現職の梁振英氏に代わると、周りを柵で囲み、許可なく広場で大人数が集まることを禁止に。広場で人が集まれるのは週末のみ。それも許可を得た団体が主催する場合のみとするなど締め付けが厳しくなる一方。さらに、2012年には中国本土と同じような愛国教育を柱とする教育改革を強行しようとするなど、分かりやすく親中国的な政策を打ち出すなどしていて、香港人としては少しずつ少しずつ息苦しさを感じていました。そんな政府庁舎前広場を市民の手に取り戻すというのは、香港の民主派にとっては象徴的な出来事であったわけです。

     それにしても、現地は非常にピリピリしていました。私はセントラルに向かって路面電車に乗っていたんですが、政府庁舎前まで500mほど手前で運転打ち切り。バス路線もかなり手前で営業打ち切りとなっていました。仕方がないので、そこから徒歩で中心まで入ろうとすると誰何され止められる始末。どうやら政府側は政府庁舎を中心にかなり広い範囲で地上の交通をストップさせて、中心に人を入れさせないという戦術のようで、最寄りの地下鉄駅である金鐘(アドミラルティ)駅は全列車が通過していました。そして、地下鉄は来る列車どれも超満員。普段は仕事帰りにバスや路面電車を使う人、さらに一駅手前から歩いてデモに向かおうとする若者まで、乗り切れないほどの人出でした。

     地上でデモをしている人たちと、仕事から地下鉄で帰る人たち。

     貧富の差が激しいと言われる香港ですから、民主主義に対する考えにも今のところはかなりの温度差があるようでした。

     ただ、心配なのは、この動きが香港の中の各地に飛び火しつつあるということ。今日からは、中国本土と地続きの九龍半島の旺角(モンコック)でも座り込み運動が始まったそうです。本土により近い九龍側でも始まったというのは、危機のレベルが一つ上がったと私は思います。習近平政権はここでも力による統治を選んでしまうのでしょうか?
  • 2014年09月23日

    アメリカのシリア空爆で一変する世界情勢

     アメリカ軍など有志によるシリアでの「イスラム国」への空爆を始めました。
    『米軍、シリア領内でISISを空爆』(9月23日 CNN)http://goo.gl/m6MuFt

     しかし、これは先月から始まったイラクにおけるイスラム国空爆とは話が違います。イラクでのイスラム国空爆は、イラク政府の要請を受けてのもの。ということで、アメリカ側としてはイラクとの集団的自衛権行使としての空爆という理屈が立つわけです。
     一方シリアの場合は、シリア政府が要請したわけではありません。事前にシリア政府高官は、「同意のない空爆は国際法違反」という姿勢を示して反発を強めていましたし、これに安保理常任理事国のロシアも同調していました。当然、空爆に対して各国の反応は様々です。

    『ロシア、米主導のシリア空爆を批判』(9月23日 ロイター)http://goo.gl/Z6XQdH
    <ロシア外務省は23日、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」への攻撃が目的でもシリアに空爆する場合は、シリア政府の同意を得なければならず、そうしなければ周辺地域との緊張を高めることになると指摘した。>

    『中国「いかなるテロにも反対」、原則的立場を強調』(9月23日 産経新聞)http://goo.gl/T2OyaU
    <中国外務省の華春瑩報道官は23日の定例記者会見で、米軍がシリア領内でイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」に対する空爆を開始したことについて、具体的な言及を避けつつ、「中国は一貫していかなる形式のテロリズムにも反対している。国際社会は共同でテロリズムに打撃を与えるべきだ」とする中国政府の原則的立場を強調した。>

     ウイグルやチベットでの抗議行動に手を焼いている中国共産党政府としては、テロとの戦いという錦の御旗の下に、人権弾圧なども正当化できると踏んでいるのかもしれません。この記者会見があったのと同じようなタイミングでこんなニュースもありました。

    『中国、ウイグル族学者に無期懲役 国家分裂罪』(9月23日 共同通信)http://bit.ly/1vba9I1
    <中国で新疆ウイグル自治区の現状などについて積極的に発言し、国家分裂罪に問われたウイグル族学者、イリハム・トフティ氏の公判が23日、同自治区ウルムチ市の中級人民法院(地裁)で開かれ、無期懲役と全財産没収の判決が言い渡された。弁護士の一人が家族からの話として明らかにした。>

     さて、アメリカはどういう理屈を付けて今回の空爆に踏み切ったかというと、安保理決議を取ろうにもロシアが拒否権を行使することは目に見えていましたのでずいぶん古い証文を持ち出したようです。

    『空爆実施段階へ 国連外交で「イスラム国」包囲網構築締めくくり』(9月23日 産経新聞)http://goo.gl/elVjnk
    <武力行使について政権は、包括的な対テロ措置を規定した安保理決議1373などを基本に、7章で国連加盟国に認められた「個別・集団的自衛権の行使」であり、国際法上問題はないと説明することで乗り切るとみられる。>

     ポイントは、この安保理決議1373にあります。この決議は、2001年9月28日、アメリカ同時多発テロが発生した直後に出されたものです。もともとは、あの当時アフガニスタンでの有志同盟の行動を正当化するために使われたものなんです。

    『安保理決議1373』(国連広報センター)http://goo.gl/70HYHd

     あの当時は、アメリカはあれだけのテロを受けたのだから、個別的自衛権の行使は当然認められるものでありましたが、今回はどうか?潜在的なテロの脅威、あるいは昨今アメリカ人ジャーナリストが惨殺されているということを根拠としているようです。自国民が無残な殺され方をしている。だから報復するのだ!というのは、気持ちの上でわからないこともありませんが、しかしこれを言い出すと、自国民保護を理由に実力行使することが簡単に正当化されてしまいます。
     さあ、自国民保護での出兵といえば、これは第2次大戦以前の世界でよく使われた侵略の口実ですね。アメリカが自国民保護を理由に空爆したというのが前例となると、ほくそ笑むのは誰か?まず思い浮かぶのは、ロシアのプーチン大統領なのではないでしょうか?東部ウクライナの親ロシア派支援の口実は、やはりロシア系住民の保護でした。
     もう一人、中国の習近平国家主席も思い浮かびます。南シナ海で周辺国との摩擦が激しくなっている中で、自国民保護を理由に人民解放軍海軍が出てきた場合、ベトナム・フィリピンの海軍ではひとたまりもありません。その時、国連決議1373を大義名分に押し出してきた場合、果たしてアメリカ軍は対峙できるのか?そして、これが南シナ海ではなく、東シナ海で同じことが起こらないと誰が断言できるでしょうか?その時に矢面に立たされるのは、ほかでもない日本政府ということになります。
     今回のアメリカのシリア空爆は、将来へ禍根を残す可能性があります。世界は再び、帝国主義の時代に突入しようとしているのかもしれません。
  • 2014年09月16日

    デフレの兆候が見られる!?消費の現場

     先日、あるテレビのニュース番組の中で『"ちょい呑み"が今ブーム!』という特集をやっていました。ちょい呑みとは、文字通りちょっとだけ飲むこと。腰を据えて2時間3時間と宴会を開くのではなく、少人数で、さくっと1時間ぐらいで上がるという呑み方だそうで、その象徴として牛丼の吉野家が最近展開しだした『吉呑み』です。

    『吉野家に赤ちょうちん 話題の「吉呑み」を写真で解説』(9月13日 日経トレンディ)http://goo.gl/LhWYuD

     牛皿(並)250円、牛すじ煮込み350円など、やはり得意の牛を使った料理が、100円~300円に並んでいます。さらに、グループの京樽の協力でマグロ刺し(2人前・500円)などの居酒屋定番メニューもあるそうです。

     さらにこの特集では、ちょい呑みの変形、ファミレス呑みの話に持って行きました。今、ファミレスで呑もうという人も同じように増えているらしく、居酒屋で飲むよりもよっぽど安く飲めるんだそうです。

    『"ファミレス飲み"がトレンド? ワイン100円、焼酎+ドリンクバー...1000円あれば大満足』(8月7日 えん食べ)http://goo.gl/UWFcz8

     ファミレスにはドリンクバーがありますから、上の記事の見出しにもある通り、焼酎と合わせれば割り方は自由自在。ボトルキープしておけば一杯100円程度で飲めるということで、節約にもなる。こうした動きについて、専門家の分析は、専門家は酒の飲み方に対する意識の変化がちょい飲み好調の背景にあるとして、
    「居酒屋の場合"酒を飲まなければならない""最後までいないといけない"とややハードルが高い。一方、"ちょい飲み"はすぐに帰れる。自分の判断で好きなモノを食べて好きなモノを飲める」
    と、分析しています。

     この分析にはズッコケました。そもそも、"酒を飲まなければならない"なんて考える人はどんなところで行われる飲み会でも行きません。「"ちょい呑み"はすぐに帰れる」と言いますが、そんなもの、店の形態によるものではなく参加者の気質によるものでしょう。

     もちろん、吉野家なりファミレスチェーン各社の企業努力は素晴らしいものであるし、批判する筋合いはありません。問題はむしろこの分析、結論。こうした消費動向は、各外食企業の努力の一方、金を払う客の側にも変化があったというところがすっぽり抜け落ちています。

     私は、この吉呑みやファミレス呑みを見ていて、ある種の既視感を覚えました。それは、デフレ居酒屋とまで言われた低価格の均一料金居酒屋。飲み物も食べ物も300円均一とか、ちょっと前に流行りましたよね。インタビューに答えたお客さんが口々にコストパフォーマンスについて話していたのはその象徴であると思いました。消費者の財布の紐が確実に固くなっている。その原因は明らかに消費増税です。消費税を今年の4月に8%に上げたことが確実に消費を冷え込ませている。4月に消費税が上がってから、消費者の具体的な消費行動が変わるまでには2か月ほどかかると言われていて、機を見るに敏な吉野家が吉呑みを本格的にスタートさせたのがこれとピッタリ歩調を合わせるかのように6月。その後の吉呑みの好調を見れば、消費の冷え込みは収束するどころか拡大している一つの証拠とも言えるのではないでしょうか?

     アベノミクスで沸いた去年の今頃、消費のブームは『ちょい高消費』でした。週に一度だけちょっと高いものを食べる、月に一度だけちょっと高い服を買う、年に一度だけちょっと高級な旅に出るなどなど、ちょっと景気が良くなってきたかなというブームでした。
     それが、今はどうでしょう?たしかに、都会の百貨店などはまだまだ高額消費が好調だといわれ、それをメディアは大きく報じて「景気は落ち込んでいない!」と言い募っていますが、足元のブームはすでに高額消費ではなく、"ちょい呑み"のようなデフレ型に戻りつつあるのではないでしょうか?

     吉呑みは現在都心の店舗を中心に10店舗。吉野家によれば、これを来年度中には30店舗まで増やす予定だそうです。ということは、こうした低価格消費=デフレの兆候が来年度も続くであろうという予測を企業は立てているということです。
     もちろん、外食産業の動きが日本経済全体を表しているものではありません。ただし、食事を全くしない国民がいない以上、外食産業は日本経済の姿を浮き彫りにするファクターの一つであることは間違いありません。こうした中で消費税をさらに10%に上げようとする危険さ。あのデフレが戻ってくると思うと、冷や汗が噴き出してきませんか?
  • 2014年09月08日

    増税賛成派の軌道修正のワケ

     来年10月の消費税10%増税に関して、総理は今年の終わりに最終的に決断をするとしています。これは先日の内閣改造後の会見でも明言しています。

    『安倍内閣総理大臣記者会見』(9月3日)http://goo.gl/Fw6NWD
    <この消費税10%への引上げについては、これまでも申し上げてきたとおり、7月、8月、9月の経済の回復を含めて、経済状況等を総合的に勘案した上で年内に判断をいたします。>

     要するに、まだ白紙、まだ決めていないということです。ところが、周りの閣僚やエコノミストと言われる人たちは、先月の半ばぐらいまで「当然10%に上げるべきだ」としきりに言い立てていました。たとえば、甘利経済再生担当大臣は...、

    『消費税10%「予定通りがベスト」 甘利経済財政相』(8月20日 朝日新聞)http://goo.gl/EGZjey
    <甘利明経済財政相は20日、安倍晋三首相が年内に判断する来年10月の消費税率の10%への再引き上げについて、「ベストシナリオは予定通りに上げることだ」と述べた。>

    ところが、最近一部潮目が変わりつつあるようです。同じ甘利大臣は同じ朝日新聞に対して2週後に...、

    『消費増税なら追加的な経済対策も 甘利経済再生相』(9月5日 朝日新聞)http://goo.gl/f8xQ3N
    <甘利氏は「(経済が縮小する)デフレに戻っては何のためのアベノミクスかとなる」と述べ、税率引き上げにはデフレ脱却が着実に進む見通しが条件になるとの考えを示した。首相は引き上げについて現時点では「全くニュートラル」との印象だという。>

     8月20日の時点では「ベストシナリオ」のはずの消費増税が、9月5日になると「デフレ脱却が着実に進む見通し」という条件付きに後退しています。なぜ突然こうなったのか?その答えが今日出ました。内閣府から発表された今年4-6月期のGDP改定値です。

    『2014(平成26)年4~6月期四半期別GDP速報 (2次速報値)』http://goo.gl/QPkQX5

     1次速報値では全体で年率換算6.8%減だった実質GDPが、今回はさらに悪く7.1%減。全体だけでなく、個々の内容も厳しいものでした。私が注目しているのが、「民間企業設備」という項目。前回の1次速報値では前期比-2.5%だったものが、-5.1%に激減しています。今まで、「景気の落ち込みは想定内」「7-9月期は必ず持ち直す」と言い募ってきた経済マスコミはその根拠として、「個人消費は多少冷え込むかもしれないが、好調な企業の設備投資が下支える」と言い続けてきました。そして、先の4-6月期1次速報値が発表されると、民間の落ち込みに比べて企業の設備投資は落ち込みが少なかったので、「これを見ろ!やっぱり企業が引っ張るのだ!7-9は必ず盛り返す!予定通り増税だ」という論調が加速しました。ところが、その頼みの綱の設備投資が今回消費支出と同じだけの落ち込みであったことが発表され、消費税8%増税の影響が個人だけでなく企業セクターにも及んでいることが明らかになりました。増税派にとっては不都合な真実が明るみに出たことになるわけです。「これはハシゴが外れる!」と思ったのでしょうか?今まで増税一辺倒だった甘利大臣の発言も微妙に軌道修正していますが、新聞各紙も急にかじを切りました。象徴的なのは、日曜の日本経済新聞一面。今までの「財政再建のための消費増税大賛成!景気は底堅いから迷わず増税決断を!」という論調を考えると、コペルニクス的転換という見出しでした。

    『景気回復もたつく 増税・天候、消費に影』(9月7日 日本経済新聞)http://goo.gl/ePYg2g
    <景気回復の足どりがもたついている。個人消費は4月の消費税率引き上げ後の落ち込みを抜けつつあるものの、勢いは弱い。夏の天候不順に加え、増税による物価上昇ほど賃金は増えていないためだ。当面は設備投資が下支え役となる。消費税の再増税を乗り越えるには、投資から消費増につながる好循環を確実にできるかがカギとなる。>

     あくまで「夏の天候不順」が主で、消費増税は従というような書きぶりに無念さがにじみます。それでも、「消費税の再増税を乗り越えるには、投資から消費増につながる好循環を~」としています。増税へ期待をつないでいるわけですが、その「(設備)投資」も冷え込んでいるわけですから、これは消費再増税の前提条件がすでに崩れていると言えないのでしょうか?

     我々一般の肌感覚としては、「4月の増税ですでに一杯一杯。さらに10%への増税なんてもっての他!」と思うし、各種指数もそれを裏付けているとは言えないでしょうか?私は引き続き、総理の英断を期待したいと思います。
  • 2014年09月01日

    在日米軍と防災

     『防災の日』ということで、日本各地で訓練が行われています。東日本大震災の際の「トモダチ作戦」の活躍などがあって、最近では在日アメリカ軍もこの訓練に参加することもあるようです。

    『米軍ヘリ参加で災害訓練 関西初、人や物資輸送』(9月1日 沖縄タイムス)http://goo.gl/gzkHiK
    <訓練は、南海トラフでマグニチュード9級の巨大地震が発生し、広範囲に津波が来襲するとの想定で実施。応援要請を受けた在日米軍は、神奈川県のキャンプ座間から隊員ら5人搭乗のヘリ1機を飛ばし、救援物資を陸上自衛隊に輸送後、患者を収容する手順を確認した。>

    『地域でつくる防災の輪』(8月31日 読売新聞)http://goo.gl/1VAxfq
    <訓練は、周辺5市1町から集まった支援物資を、米軍のヘリで東京臨海広域防災公園(江東区)まで運んだ後、陸上自衛隊のトラックを利用して被災地の杉並区まで搬送するという内容で行われた。>

    『県総合防災訓練 伊豆南部の孤立想定』(9月1日 中日新聞)http://goo.gl/ecbtcg
    <(静岡県)下田市吉佐美の沖合では、米空軍が水やコメなどの支援物資を海上にパラシュート投下し、漁船で回収する訓練が国内で初めて行われた。>

     ただ、こうして米軍が訓練に参加すると、必ず起こるのが抗議行動。たとえば、米軍ヘリが参加した兵庫・芦屋の訓練については、

    『米軍参加の合同防災訓練に抗議 31日開催の芦屋で集会』(8月30日 神戸新聞)http://goo.gl/SZyPg9
    <「米軍参加は軍事力機能強化が目的で、軍国化の一歩」との反対アピールを確認。>

     ただ、素朴に思うのは、命を救ってくれるのなら米軍も自衛隊も警察も消防も関係ないと思うのですが...。まあ、本土なら自衛隊や近隣都道府県・市町村の警察、消防が駆けつけてくれるので日本人が自力で何とかなるかもしれません。それゆえ、「米軍の支援なんて要らない!米軍参加は軍事力強化目的!」と抗議もできるのかもしれませんが、日本国内には本来そうも言っていられないところもあります。

     それが、沖縄です。

     実は沖縄も地震とは無縁ではなく、「沖縄トラフ」(東シナ海側)、「南西諸島海溝」(太平洋側)という2つの地震の巣に挟まれています。沖縄県は、この2つを震源とするマグニチュード8クラスの地震が起こった場合、どの程度の浸水が予想されるのかを発表しています。

    『沖縄県津波被害想定検討結果について』(沖縄県HP)http://goo.gl/NknFiq
    『津波浸水予測図 沖縄本島沿岸域』(沖縄県HP)http://goo.gl/dcoZhL

     これによれば、物流の拠点となる那覇港で8.7m、那覇空港では11.6mの津波が押し寄せるとしています。となると、沖縄県の海と空の玄関は津波被害により使用不能になることが予測されるわけです。ここで忘れていけないのが、沖縄県と鹿児島県にまたがる南西諸島の長さ。日本最西端の与那国島から本土までの距離というのは、実は日本列島を丸ごと呑み込むだけの長さがあるのです。実感よりも距離はあるのですね。そして、空港も港もダメになった時に、本土から救援物資を迅速に運ぶことができるのか?そう考えると、ある程度の期間は沖縄の中で、自力でしのぐタイムラグが出来てしまうのはやむを得ません。その時に、どう備えるのか?日本人だけでしのげるのか?在日米軍との協力も視野に入れるべきではないのか?

     こういった、沖縄の防災と米軍との協力について、今年4月、一冊の提言がまとめられました。
     タイトルは、『米軍との自然災害対処協力~沖縄からの提言~』http://goo.gl/rsUgM0
     発行したのは、NPO法人沖縄平和協力センター。東日本大震災を契機に、足掛け丸2年かけて作られました。
     この第1章、政策提言要旨の第1項に、

    <沖縄県内には在沖米軍基地をめぐり政治的な問題が存在する。しかし、在沖米軍は、災害時の減災の要として重要な役割を果たすものであり、地域の災害への備えとして政治的な問題とは切り離して考えなくてはならない>

    と謳っています。何しろ、沖縄県に駐留している自衛官の総数はおよそ6300人。一方、沖縄にいる米軍人はおよそ2万6千人。軍属及び家族を含めるとおよそ4万7千人に上るといいます。自衛隊は本島以外にも離島のケアも受け持ちます。本島に避ける人員がどの程度かと考えると非常に心もとない。その上、沖縄本島の自衛隊は陸・海・空の司令部をはじめ、ほとんどが那覇空港近くに集中しています。その那覇空港は11.6mの津波が押し寄せるというのです。初動でどこまで動けるのか...?推して知るべしというもの。

     とはいえ、1から10まで米軍任せとなると日本の主権にかかわる問題になる。緊急時とはいえ、米軍の軍政というわけにはいかない。そこで、在沖米軍と在沖自衛隊の連携を中心に、県が間に入ってリーダーシップを発揮するという枠組みを平時に作っておくことに主眼を置いています。現在は、市町村単位で緊急避難先として米軍基地を使ったり、緊急時に米軍基地を通って高台へ避難したりという協定は結んでいますが、それだけでは足らない。全島・全県をカバーする包括的なものを作って、実際にその枠組みで訓練もするべきだと提言しているのです。

     たしかに、米軍基地が沖縄に集中しすぎているのは問題で、沖縄の負担軽減は喫緊の課題であることは誰もが認めることです。ただ、現状、これだけ米軍基地があるわけですから、それを使わない手はない。原理原則論で米軍基地そのものがまるで存在しないかのような避難計画では意味がない。これは本土で抗議する方々にも言えることですが、原理原則論では人の命は救えません。とかく原理原則の議論が沸騰しているように見える沖縄で、リアリズムに徹した提言書が地元から出てきたということに驚き、先日、日本記者クラブで行われた会見に行ってきました。この沖縄平和協力センターの理事長は、稲嶺・仲井間両知事の知事公室長を務めた行政の大ベテラン。

     私が、「よくこんなリアリズムに徹したものを沖縄で作れましたね」と聞きますと、「こんなもの、現役じゃ出せませんよ」と、首をすくめました。本来、一朝有事の際には人の命がかかってくる現役の行政マンこそ考えなければならない問題。沖縄の議論の複雑さを垣間見る一瞬でした。いつになったらリアリズムで議論ができるようになるのか?県知事選の争点になることはあるのでしょうか...?
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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