2013年度の貿易収支が発表され、各紙経済欄はハチの巣をつついたような大騒ぎをしています。これに関しては、保守・リベラルの別なく「えらいこっちゃ!」という見出しなのが興味深いですね。
『貿易赤字最大13・7兆円 燃料輸入増、産業空洞化 13年度』(4月21日 東京新聞)http://bit.ly/1iF5ZV1
<財務省が二十一日発表した二〇一三年度の貿易統計(速報、通関ベース)は、輸出から輸入を差し引いた貿易収支が十三兆七千四百八十八億円の赤字だった。統計で比較できる一九七九年以降でみると、赤字額は三年連続で過去最大を更新した。貿易収支の三年連続の赤字は初めて。輸出は三年ぶりに増えたが、火力発電の燃料になる原油や液化天然ガス(LNG)などの輸入の増加幅が上回った。>
『輸出拡大シナリオ限界 貿易赤字10兆円大台』(4月21日 産経新聞)http://on-msn.com/1juBFcm
<平成25年度の貿易統計では、貿易赤字が年度ベースで初めて10兆円の大台を突破した。急速な円安の進展で輸入が膨らむ一方、輸出量は伸び悩み、貿易赤字に歯止めがかからない。国内製造業を中心とした構造変化が進む中、円安誘導による輸出拡大シナリオは限界に来ている。>
他の新聞も含めて、おおむね「大変な数字になってしまった...」「景気は悪くなる!深刻だ!」という論調にあふれていますが、果たして本当にそうなのか?私はそんなに悲観する必要があるのか?と思うんですね。日本は、貿易赤字国ではありますが、一方で経常黒字国でもあるんです。単純に輸出と輸入を差し引きするとマイナスになりますが、過去の対外投資が積みあがっていますので、そこからの利子や利益などの上がりを足すと、黒字に転換するんですね。
この、貿易赤字で経常黒字の国を、経済学者のクローサーは『成熟した債権国』と呼んでいます。クローサーが唱えた発展段階説によると、6段階の発展段階の5番目。ただ、6番目は債権取り崩し国なので、今の『成熟した債権国』というのが経済発展段階としてはピークと言えるものなのです。これが、深刻な構造問題となるのでしょうか?経常赤字にならないようにコントロールしていけば、これ以上ないポジションなような気がします。
この、貿易赤字というのは、外国から物やサービスを大量に輸入しているから生まれます。今は石油や天然ガスを大量に輸入しているからという面が大きいので、そもそも構造要因の赤字ではない。その上、輸入が多いというのは『国内の需要がそれだけ旺盛だから』で、輸出が伸びていないというのも、『国内の需要が旺盛な分だけ輸出に回すほど余裕がない』という見方もできます。むしろ、貿易黒字というのは『国内で売れないから、海外へ持って行かざるを得ない』という国内不況を原因としている場合も多いのです。たしかに、ここ1年の貿易赤字はアベノミクスの景気拡大期に当たりますし、その前の貿易黒字を続けていた時期は民主党政権下のデフレ期とピッタリ一致します。
さらに、いかに貿易赤字が悪いと言ってもすぐに経済に悪影響が出るほど、日本経済は貿易に頼っていません。世界銀行の統計に、各国のGDP全体に占める貿易の割合が出ています。
『Exports of goods and services』(THE WORLD BANK)http://bit.ly/1iFa0Zr
これを見ますと、日本の名前はなかなか出てきません。2012年のデータでは、日本のGDP全体に占める貿易の割合、貿易依存度はたったの15%。全体の137位に過ぎません。
「日本は貿易立国だ」「加工貿易が日本の生命線なんだ」と学校でも教わってきて、貿易立国というイメージが染みついていますが、データでみると圧倒的な内需国なんですね。もちろん、品目別ではエネルギーなど圧倒的に輸入に頼っているものもありますから、今更鎖国するわけにはいきませんが、「日本は貿易が赤字になるとダメになる」というほど依存しているわけではありません。
というわけで、少なくとも経常黒字が続く限り、貿易赤字など気にする必要がありません。むしろ現状では、「貿易赤字=好景気、貿易黒字=不景気」と認識を改める必要があるかもしれません。そう考えるとちょっと心配なのが、2014年に入ってからの月ごとの貿易収支。
『平成26年3月分貿易統計(速報)』(財務省)http://bit.ly/1juGMJy
2月の速報値を見ると、赤字幅が急激に縮小しているんですね。さすがに3月の速報値は消費増税前の駆け込み需要もあって赤字額が伸びていますが...。果たして4月の数字がどうなるのか?黒字となれば新聞・テレビなどは「良かった良かった」という見出しを掲げそうですが、用心してかからなくてはなりません。
毎回堅い話が多いと妻に怒られましたので、たまには映画の話でも。5月24日全国ロードショーの『マンデラ~自由への長い道~』を試写で見てきました。かつて南アフリカで行われた悪名高き人種隔離政策、アパルトヘイトに反対し、27年におよぶ投獄生活に屈せずにこの撤廃を勝ち取った、ネルソン・マンデラの生涯を描いた映画です。後に南アフリカ大統領に就任し、ノーベル平和賞も受賞した偉人。その生涯を描き切るには、やはり長尺が必要でした。
2時間27分という、最近の映画ではかなり長いと言えるわけですが、製作者はあえてこれだけの長さを残したのだと思いました。言うまでもなく、27年に及ぶ非人道的な投獄生活。この絶望的な長さを感じるために必要な時間が、この2時間半という長さだったのではないかと思います。
この2時間半の中には、様々に印象に残るシーンがちりばめられているんですが、私が一番印象に残ったのは、使われている車たち。海外を舞台にした映画では珍しく、クラシックな日本車が出てくるのです。アパルトヘイトの時代を通じて欧米の車が出てくる中で、日本車が出てくるのはマンデラ釈放のシーン。ゲートまで彼の身柄を運んでくるのはドイツのベンツなんですが、ゲートまで支持者が迎えに寄越した車が、トヨタ車だったのです。白人の強圧的な支配から、黒人と白人が平等に統治する社会へ。新しい社会の象徴として乗り換えたのが日本車というところに、アフリカと日本のつながりを感じます。非白人の先進国としての日本。アフリカでは中国の存在感が増しているという話もありますが、非白人系の民主主義国家としての日本と南アフリカは連携しうる、いや連携していかなくてはならない。そんなことを感じさせるワンシーンでありました。
そしてもう一つ、政治家ネルソン・マンデラの真骨頂を見せるシーンがあります。政権交代前夜、政治状況が煮詰まっていく中で、若者を中心とした一部は武装闘争を過激化させていきます。繰り返される憎しみの連鎖。このままでは仮に政権交代が実現しても、攻守が逆転するだけで憎悪の応酬は止まらない。しかし、非暴力を訴えれば味方であろうとも命を狙われかねない。それゆえ誰も何も言えなくなってしまい、黒人サイドも白人サイドもマンデラの言動を注目していました。
そして、マンデラはついに国営放送局へ出向き、自らの考えを生放送で訴えます。不人気は覚悟の上で、文字通り命がけの訴えは観る者の心を打つ。ポピュリズムとは正反対の、政治家の凄みを感じる映画でもありました。
さて、支持率は上々の安倍政権にも、不人気を承知で政策を進めなくてはならなくなる時が来るのか?こう書くと、まさしく消費税増税こそ不人気を承知で進めなくてはならない政策!という向きもありますが、私はもっと国内に反対が強い、日中関係での決断もあるのではないか?と思いました。今まで安倍政権を支持していた人たちをある意味で裏切り、今まで政権に批判的な人々に近い立場をとることになる日中接近。しかしながら、ひょっとすると今年中に日中首脳会談が行われるかもしれません。その時に、なぜ首脳会談が必要なのか、理性的に説くことができるのか?総理の胆力が問われる瞬間がやってくるかもしれません。
映画監督のロバート・ストーンは言いました。
「政治家が不人気なことを言うとき、聞く価値がある」
映画のお好きな安倍総理といえど2時間半の捻出は難しいかもしれませんが、ぜひご覧いただきたい映画です。
4月になって、新入社員が入ってきました。毎年この時期に話題になるのが、「最近の若いもんは...」系の話題。「指示待ちなんだよな...」なんてことを、飽きもせずここ何十年も繰り返しています。ま、年中行事のようなものなので大して気にすることはないかもしれませんが、ちょっと分析してみました。テーマとしては、「最近の若いもんは...」「指示待ち」というのが、果たして若い人だけのせいなのか?ということです。
まず、上司たちにとっての理想の部下像を考えてみると、
・主体的に仕事に取り組む意欲がある
・創意工夫して仕事をする
・創造性に富む
といったところが上がります。『自分から率先して仕事に取組み、試行錯誤しながら環境をどんどん良くし、業績を上げていく人物』というところでしょうか?こういった人物がそこここにいて、会社がうまく回っていたということを言いたいようです。
この、ボトムアップで会社を動かしていく様というのはかつては日本の伝統でした。ケンブリッジ大学の経済学者ハジュン・チャン氏はこれを「起業家精神の組織化・集団化」と言い、日本の製造業のお家芸、「カイゼン」を代表的な例に挙げています。作業効率の向上や品質管理、安全性の確保などで、現場レベルで徹底的に話し合い、解決策を見出していくという、この「カイゼン」。現場の一人一人がいわば経営者の視点で動くというのは、当時1980年代の欧米先進国にとっては驚くべき社会のありようで、経営学だけでなく社会学の分野などでも盛んに研究の対象となりました。要するに、かつての日本は知らず知らずのうちに『起業家精神』に富んだ国であったわけです。
さて、その後の日本はどうなったでしょうか?最近の安倍政権の雇用政策はというと...。
『日本再興戦略-JAPAN is BACK-』
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/saikou_jpn.pdf
この30ページにこんな記述があります。
<リーマンショック以降の急激な雇用情勢の悪化に対応するために拡大した雇用維持型の政策を改め、個人が円滑に転職等を行い、能力を発揮し、経済成長の担い手として活躍できるよう、能力開発支援を含めた労働移動支援型の政策に大胆に転換する。これらにより、今後5年間で、失業期間6か月以上の者の数を2割減少させ、転職入職率(※)(パートタイムを除く一般労働者)を9%とすることを目標とする。
※転職入職率とは、在籍者に対する転職入職者(入職者のうち、入職前1年間に就業経験のある者)の割合のことをいう(2011 年7.4%。1975 年以降の最高値9.2%。)。>
雇用の流動化を目指していこうということを高らかに歌い上げています。
企業にとっては、人を雇う、人を辞めさせるというのが自由な方が経営しやすくなります。固定費を削減できれば、身軽な経営が可能だからです。「被雇用者は将棋の駒のようなもの。歯車のようなもの。必要なときには集め、不要になったら外す。しかし、企業は無数にあるから、技術さえあれば仕事にあぶれることはなかろう」というのが、経済界の要請であり、政府の方針であり、両社が考える雇用者の理想像ということになります。しかし、果たしてそんな人材が、『主体的に仕事に取り組む意欲がある』でしょうか?『創意工夫して仕事をする』でしょうか?『創造性に富む』でしょうか?
将棋の駒たれというのであれば、かつての日本にあったような起業家精神は必要ありません。一人一人が経営者の視点などを持っても、為替が少し動いて赤字になればクビになります。
経済界の要請が結果として若者の去勢化をもたらしているとすれば、それを若者の資質のせいにするのはお門違いもいいところ。むしろこんな社会を作り出した自分たちを遠回しに批判しているという、天に唾するような行為と言えるのではないでしょうか?
1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。
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・「ザ・ボイス そこまで言うか」
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