いよいよ明日、消費税が増税されます。私は、そして『ザ・ボイス』番組としてもこの時期に消費増税するのは景気に対して厳しい。できれば止めるべきだと言い募ってきました。しかしながら、8%への増税はもう行われる。これについては言うのはやめましょう。ただし、来年10月の10%への増税は、やはり止めるべきだとこれからも言い続けたいと思います。
来年10月の10%への再増税については、今年の年末に総理が最終的に判断すると言われています。財務省曰く、10%への準備期間を作るためには今年末には判断が必要だというのです。そして、そのタイミングで一番新しい経済指標というのが、7月~9月のGDP。それゆえ政府は、7月~9月に向けてあらゆる財政出動を駆使して景気を下支えしようとしているわけです。最近では前倒し執行、数値目標設定、年度またぎ予算と、とにかく予算を使え使えと大号令を発しています。
『9月末までに6割以上=14年度予算で執行目標-政府』(時事通信 3月26日)http://bit.ly/1iRnEIf
『2014年度予算執行に数値目標 公共事業中心に前倒し』(テレビ朝日 3月28日)http://bit.ly/1iRnIHN
年度またぎ予算なんて今までの財務省だったらテコでも許さないものだったわけですが、10%への再増税のためならば何でもアリになっています。そうした下支えの一方で、増税の大義、増税の必要性についても12月に向けてメディア各方面から繰り返されることになるでしょう。一番オーソドックスなのが、このブログでも何度か取り上げている「国債の信認が~!」というもの。人によってさまざまなシナリオを駆使しますが、おおむね言われるのが、
「予定通り増税しなければ積みあがった国債の返済のメドが立たず、日本国債に投資した金が返ってこないと危惧した外国人投資家に売り浴びせられ、国債価格が暴落。金利は上昇し、日本は破たんする~!」
というもの。「日本は海外から危険視されているんです!」なんて言われると、外面を気にする日本人は「そうか、やはり増税は必要だな」と思ってしまいます。あるいは、「国の借金1000兆円超えて、GDPの2倍以上!年収の2倍以上借金があるんだから、少しでも返さなくては!さらに借金を重ねるなんてとんでもない!」
という情緒的な主張も出てくるでしょう。
では、まず国債の発行残高がどれだけあるのか?財務省のホームページには、きちんとデータをアップしています。
『国債発行額の推移(実績ベース)』
http://www.mof.go.jp/jgbs/reference/appendix/hakkou01.pdf
ここに、平成25年度の普通国債発行残高が書いてありますが、その額749兆5846億円。少ない額ではありませんが、1000兆までは積みあがっていません。実は、1000兆という数字には、政府短期証券や借入金まで一緒くたになった金額なのです。したがって、GDPの2倍ではなく、1.75倍。もちろん、大きな数字ではありますが、問題は家計のように借金を可及的速やかに返す必要があるのか?というところ。前にも書きましたが、政府というところはいわばNPO。利益を出すのが目的の集団ではありません。さらに言うと、人間と違って寿命がありません。100年、200年、日本国政府は存在することが前提であり、したがって国の借金も超長期で返済していけばいいわけです。実際、国債も借り換え借り換えで60年を一つの区切りにして消化しています。
では続いて、外国人が売り浴びせる!という話。売り浴びせられて値が上下するなら、それだけのまとまった額の国債を外国人が保有していることが前提となります。では実際にどれだけ保有しているのか?先日、日銀が発表した最新の資金循環統計によると...、
『資金循環』(日本銀行ホームページ)http://bit.ly/1fdWSsT
この中の「年係数」というデータを呼び出し、「金融資産・負債残高表」の「海外」の部分を見てみると、「国債・財融債」の残高が32兆5652億円。先程の財務省の普通国債発行残高と比較すると、海外保有比率はたったの4.3%にすぎません。海外勢はむしろ、政府短期証券の方を志向していて、こちらは50兆円近くを保有しています。
4.3%で値崩れするほど、国債市場は脆弱なんでしょうか?しかしながら、これが新聞のフィルターを通すとこんな記事になってしまいます。
『12年の海外勢、日本国債の保有残高は過去最高 3年連続で増加』(日本経済新聞 3月25日)http://s.nikkei.com/1fe0aw9
<海外投資家による日本国債の保有残高は12月末時点で11年と比べると7.4%増の84兆30億円だった。四半期で過去最高だった9月末時点(86兆528億円)に次ぐ大きさ。暦年比較では10年以降、3年連続でプラスとなり、残高は過去最高となった。
国債の保有者別構成比率で海外勢は8.7%。過去最高だった9月末時点(9.1%)からは低下したが、依然高水準にとどまっている。>
どうして8.7%になるんだろう...?おそらく、国庫短期証券と国債・財融債の合計なんでしょうが、それにしたって全体の1割に満たないわけですね。これでもやはり、日本国は債務危機だと言い募るのか?そして再増税に突っ走るのか?デフレ脱却への道のりは遠いようです。
消費税増税までいよいよあと一週間切りました。これがアベノミクスで上向きつつある日本経済が腰折れするのか乗り越えて伸びていくのか、エコノミストの間でも議論のあるところですが、今週月曜に日本経済新聞が直前の世論調査として、消費増税の家計への影響を一面に載せていました。
『家計支出、消費増税後も「維持」51% 本社世論調査』(日本経済新聞 3月24日)http://s.nikkei.com/1izvA0l
<4月の消費税率の8%への引き上げ後、家計の支出をどうするか聞いたところ「変わらない」との回答が51%と半数を占め「減らす」の44%を上回った。>
これだけ読むと、我が国のGDPの6割を占める個人消費は増税後も堅調だから心配ないという印象を与えます。さらに深読みすれば、4月を過ぎても経済は伸びていくから年末の10%へのさらなる増税も決断できるというメッセージにもとることが出来ます。
しかしながら、本当にそうでしょうか?この、『消費増税後も「維持」』というのを少し考えてみると、全く正反対の結論が出てきます。
増税後も同じ金額を支出すれば、税率の分だけ買える点数が減るはずです。あるいは、同じ点数を買おうとすれば単価は当然下がるはずです。たとえば、一か月にA(@税込10500円)という商品を10個、10万5千円支出していたとすると、増税後にAという商品(@税込10800円)を10個買おうとすると10万8千円になります。しかし支出は維持ですから10万5千円の支出で、Aを9個と7800円のおつりとなります。あるいは、10個を維持となるとB(@税込10500円)というやや安い別の商品を買うということになるわけですね。
これは、購買力の低下を意味しているのではないでしょうか?要するに、この世論調査、4月以降の物価上昇を全く考慮していないのです。
この記事、見出しは事実のみを書いていますから間違いとまでは言えません。しかし、『増税後に購買力が低下する』というのではニューズバリューはありません。あえて見出しにとるということは、増税の影響軽微という明るいニュースだ!と誤認識を誘う見出しです。これをミスリードと言わずして何がミスリードでしょうか?
ただ、アベノミクスが始まってから1年。この増税直前でひょっとすると本当に消費が底堅く伸びてきているのかもしれませんので、他の調査も調べてみました。
『消費増税で、家計の支出「減らす」55%』(読売新聞 3月17日)http://bit.ly/1eOCJJN
<読売新聞社の全国世論調査で、来月の消費税率8%への引き上げ以降、家計の支出を今よりも「減らそうと思う」と答えた人は55%で、前回2月調査の54%とほぼ同じだった。>
ちょっと古いんですが、毎日新聞も...、
『本社世論調査:「家計支出抑制」65%...4月消費増税で』(毎日新聞 2月17日)http://bit.ly/1izCjYj
<今年4月に消費税率が8%へ引き上げられた場合に家計の支出を抑えるかどうかについて尋ねたところ、抑えようと「思う」と答えた人が65%に上り、「思わない」の31%を大きく上回った。>
何をかいわんや。いまだに、世論調査の解釈をミスリードしているんですね。いい加減こういった報道から卒業しないと、国民的議論が生まれず、結果として国を誤るのではないかと危機感を感じています。
憲法改正手続きを確定させる国民投票法改正をめぐって、日本維新の会が怒っています。そもそも、この法改正の先頭を走っていたのが維新の会でした。何しろ、去年の通常国会中の5月の半ばに維新の会単独で改正案を提出していましたから、足かけ10か月もこの問題に取り組んできたことになります。
『維新が単独で国民投票法改正案・選挙制度改革案提出』(テレビ朝日 13年5月16日)http://bit.ly/1doQwCN
この時の法案のポイントは、①国民投票の年齢規定を18歳以上とする②公務員の純粋な意見表明は認める(勧誘活動は認めない)というところでした。この内容は自民党の主張とほとんど同じなので、当時、維新と自民は前向きに協議を模索していました。その後、参院選を経て9月になると、自民党は方針を転換。参院選大勝によって野党への配慮はさほど必要ないという意見が大勢を占めるようになり、自公の与党で改正案を提出する方向に舵を切ります。
『自民、国民投票法改正案を公明と提出へ 維新重視から転換』(産経新聞 13年9月8日)http://on-msn.com/1doTirK
この欄でも何度かお伝えしてきたように、維新としては自公の仲に割って入ろうというのが戦略でした。それゆえ、公明側の巻き返しに内心面白くなかったわけですが、年をまたいで2月初めにこの自公案への賛同を決めました。
『国民投票法改正案、維新も共同提出へ』(日本経済新聞 2月5日)http://s.nikkei.com/1doUj33
ここで、先ほど挙げたポイント①の年齢規定を20歳にすることを呑みました。ポイント②の公務員に関する規定は残っているので、維新としては何とか乗れるものだったからです。しかし、今月に入ってから急転直下、自公は民主党にも声をかけました。
『国民投票法:改正案、自公民が大筋合意 今国会で提出へ』(毎日新聞 3月14日)http://bit.ly/1doVAqR
<自民、公明、民主の3党は14日、憲法改正手続きを定めた国民投票法改正案について実務者協議を行い、大筋合意した。公務員の政治的行為を巡り、公務員による組織的な賛否の勧誘や署名運動を禁じる規定を削除する民主の要求を与党側が受け入れた。>
大阪で官公労と厳しく対峙することが立ち上げのきっかけにもなった維新の会にとっては、このポイント②まで否定されると、存在意義まで問われることになるわけです。当然、反発しました。
『国民投票法改正案、自公民合意に維新反発』(産経新聞 3月18日)http://on-msn.com/1eksLzr
民主党の案まで呑めば維新が反発するのは火を見るよりも明らかだったのに、なぜ自民党は民主党にまで声をかけたのか?憲法改正までつながる重要な法案なので、みんな、結い、生活などにも声を掛け、超党派で成立を期すというのが建前ですが、そこには維新の足元を見る自民党の姿勢も見えてきます。
キーとなるのは、今週末に行われる出直し大阪市長選。これが盛り上がりに欠けるものであるというのが永田町にまで伝わってきているんですね。投票日の23日は、三連休の最終日。しかも、すでに春休みに入っていて行楽にはいい並びです。その上、当日大阪地方の天気予報は晴れ時々曇り。最高気温17度という絶好の行楽日和。投票率も低迷が避けられません。しかし、それと自民党の動きがどうリンクするのか?政界関係者はこう謎解きしてくれました。
「おそらく橋下氏は当選するだろうが、投票率も低迷し、得票率も前回の市長選以下ということになれば、これは維新の退潮が数字で出てしまう。こうなれば、橋下氏の求心力は大幅に低下するだろう。そうでなくても、大阪市議会はもとより、大阪府議会でも過半数を割っている。その上、選挙期間中にまた府議が一人、維新を離脱した。維新は橋下氏が再選されれば、府議会に法定協の委員を入れ替える議案を提出し、都構想を進める考え。しかし、可決には他会派から3人以上の賛同が必要。過半数確保ができなければ委員入れ替えは実現せず、橋下氏が出直し選に踏み切ったことに批判が高まる可能性もある」
大阪維新としては、橋下氏の求心力・集票力を見せつけることで、離党した議員を引き戻し、離党を考えている議員をつなぎとめる戦略だったが、これが裏目にでる可能性があるということです。そうなれば、今度は自民・民主といった大阪市議会、府議会の野党が市長・府知事不信任を突き付ける可能性もあるとか。ここで不信任を受け入れれば解職され、仮に議会解散に打って出れば、集票力の落ちた維新は壊滅的敗北に...。結果、大阪都構想は行き詰まり、橋下・松井コンビは窮地に陥る...。
自民党はそこまで見越して、維新と距離を置くように舵を切ったようです。また、もう一人、これを見越して動き出した人がいます。
『維新・石原代表が原子力協定に賛成表明 大阪系「出て行け」と反発』(産経新聞 3月6日)http://on-msn.com/1ekyRQp
その後石原氏は党の方針に従うと矛を収めましたが、これも老獪な氏が党内の反応を見たジャブとみることもできます。特に橋下氏の集票力で選挙を勝って来た大阪系の一年生議員は、大阪市長選後に同じ反応が出来るのか?今度は石原氏の集票力に頼り、維新は割れるのか?いずれにせよ、野党再編はこのような消極的な形で動き出すのかもしれません。
東日本大震災から3年。あの1000年に一度の大津波からどのように立ち直るか、様々な議論が続いています。特に、海岸線をぐるりと囲む防潮堤の計画に対しては、地元の住民からも反対があります。政府は防潮堤の整備一辺倒だったんですが、最近は安倍総理も国会答弁で、柔軟な姿勢を見せています。
『首相「景観も重要」 巨大防潮堤見直しも』(日本経済新聞 3月10日)http://s.nikkei.com/1i2wx17
<安倍晋三首相は10日午前の参院予算委員会で、東日本大震災の被災地での巨大な防潮堤の建設計画について「景観も重要で、被災直後から住民の意識も変わってきた。今後、見直しを自治体と相談しながらやっていく必要がある」と表明した。景観や漁業への悪影響など住民らの懸念を踏まえ、自治体と協議して見直す可能性を示した。>
防潮堤を作れば、土木作業の需要は生み出せてもますが、それは一時的なもの。陸地から海が全く見えなくなれば、今まで売りにしていた「景観」がなくなり、観光客は来なくなる。そう考えると、防潮堤を作るよりも地震が来たら逃げるという文化の継承こそが大事なのではないか?と言われています。
しかし、そこでまた、「記憶の継承」という難問が立ちはだかるわけです。この東日本大震災はスマホや携帯といったものを使って、動画記録が膨大な数残る初めての災害となりました。こういったデジタルアーカイブスを使えば、今までとは違って相当な伝承が可能ではないかと様々な試みがなされています。国立国会図書館が運営する、東日本大震災に関するあらゆる記録・教訓を次の世代へ伝えることを目的としたポータルサイト、『ひなぎく』が代表的です。
『ひなぎく』http://kn.ndl.go.jp/
とはいえ、動画や画像ではともすればヴァーチャルなものと受け取られかねません。津波の圧倒的な被害の規模を実感してもらうために手触りのあるもの、震災遺構を残そうという動きもあります。が、一方で地震を思い出したくないという気持ちもあり、震災遺構の保存については各地で意見が分かれています。宮古の「たろう観光ホテル」や陸前高田の「奇跡の一本松」など3市8件の保存が決定。大船渡の「茶々丸パークの時計塔」や大槌の「旧役場庁舎」など5市町村8件が保存の方向で検討。一方、女川の「江島共済会館」や南三陸の「防災対策庁舎」など2町3件は解体が決定。また仙台、岩沼、山元、浪江の4市町5件は対応が決まっていないそうです。
『保存意向も維持費厳しく 国の新方針で解体できず』(産経新聞 3月7日)http://on-msn.com/1dLptF2
また、すでに解体されてしまったものも多数あります。気仙沼市街地には津波によって漁船・第18共徳丸が打ち上げられていました。この共徳丸を、気仙沼市は津波の脅威を伝える『震災遺構』として保存しようとしましたが、「見たくない」という住民の声が多く、去年解体されました。これに関して、気仙沼の仮設店舗で飲食店を営む女性に取材をすると、興味深い話を聞けました。漁船の解体以降、客足が半減してしまったというのです。皮肉なことに、震災遺構が結果として被災地に観光客を引きつけるシンボルのように作用していた例もあるわけですね。
地震の記憶をどう保存するべきか...この問題についてヒントを探ろうと、1995年に発生した「阪神・淡路大震災」の記憶と教訓を伝えるために作られた、神戸にある『人と防災未来センター』に伺いました。
センターを見学すると、最初に「1.17シアター」という、地震発生を再現した7分間の映像を見ることができます。大きな音と光で地震の大きさを表現しています。シアターを出ると、震災直後の街並みを実物大で再現したジオラマ、震災での人々と町の様子を再現したドラマを見て、その後は震災の資料や教訓の展示に進みます。私はこの「1.17シアター」を体験して、正直その迫力に圧倒されました。それゆえ、震災を体験した神戸の方々にとってはつらい記憶を呼び覚ますことにならないのか?抗議などは来なかったのか?疑問が様々に浮かんできました。見学後話を伺った、『人と防災未来センター』の広報・松村嘉奈子さんは、
「恐がらせるための物だと取られると困るんですが、当時はそう取られる方もいた。しかし、こうした都市災害の中では大規模なものだったので、こうしたことが起こり得るのだということを知ってもらうためには必要なものだと訴え続けた。賛否両論であったのは確か。ただ、抗議はだんだんと減っていった。」
今は、阪神大震災をリアルタイムでは体験していない修学旅行生が数多く訪れるそうですが、東日本大震災以降は特に、災害の様子がより立体感を持って伝わっている実感があるそうで、こうした展示をクレームを乗り越えて残してきたことに意味があるとおっしゃっていました。
この『人と防災未来センター』に集められている震災関連の資料は16万点~18万点。その中には、地震の後に起こった火災で燃えてしまった自宅の瓦であるとか、溶けてしまった一円硬貨など、19年経っても生々しく当時を伝えるものが数多くあります。そうした資料は、展示の方法などを考えず、とにかく集めたそうです。というのも、震災の記憶が生々しいうちは「忘れたい」という気持ちが先行しますが、時が経つにつれ、だんだんと「この経験を生かしてほしい」という気持ちに変わって行くそうで、それゆえ被災地から視察に来た人には、「とりあえず取っておく」というのも選択肢ですよとアドバイスするそうです。つまりは保留を勧めるというわけですね。
これだけデジタルアーカイブスが充実しているわけですから、震災遺構とアーカイブスの組み合わせでより立体的に記憶を継承できる可能性があります。それゆえ私は残せる遺構は残した方がいいという立場です。しかし、今はまだ動き出すべきタイミングではない。復興がもう少し進んだ時に、議論の機が熟すでしょう。議論をするときに、少しでも多くの選択肢が残っているように、拙速に結論を出さず、保留にすることも必要なのではないでしょうか。
先日、このブログで建設現場などでは若い人への技術継承が上手くいかず、人手不足が深刻化していると書きました。これについて、先月末、東京商工会議所が発表した中小企業を対象にしたアンケート調査でもそれが浮き彫りになりました。
『中小企業の経営課題に関するアンケート』(東京商工会議所 中小企業委員会)http://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=30705
不足している人材の分野について、製造業の76%が『現場・作業』と答え、製造業でも38%、およそ4割が現場で作業する人材の不足を感じています。よく耳にする言葉ですが、間違いなく日本の産業を支えているのは中小企業です。痛くない注射針で有名な岡野工業の岡野雅行社長も、講演などでことあるごとに、
「大企業っていうのは組立屋で、中小企業とか町工場っていうのはノウハウの固まりなんだ」
と話しています。しかしながら、そのノウハウの固まりである中小企業が今、後継者不足に悩んでいる。蓄積したノウハウが消えてしまう危機に直面しています。そして、その中でも、日本の将来を左右するほど深刻なのが、防衛産業に携わる企業です。
防衛装備品というと、武器輸出解禁でも話題の艦艇や飛行艇、戦車といった大きなものが想像されますが、実際にはそういった大掛かりな目立つものの他に、戦闘服や小銃といった小さなものまでさまざまな種類があります。また、製造だけでなく、メンテナンスも含めて、日本の自衛隊は民間の力に多くを頼っています。それゆえ、技術継承が滞ることがそのまま防衛力を左右しかねません。先日、陸上自衛隊の調達担当者に話を聞きに行くと、まず2つの円グラフを見せられました。それが、アメリカ陸軍と陸上自衛隊の戦闘部隊と兵站部隊の構成比率のイメージ図。アメリカ陸軍の場合は戦闘部隊と兵站部門の割合がざっと4対6。一方、陸上自衛隊の場合は戦闘部隊が6割~7割を占め、兵站部隊は3~4割に過ぎません。なぜこんなに違いが出るのかというと、考え方の違い、国民性の違いもありますが、もちろん予算の面での制約が大きいとのことです。そして、その足らない分を防衛関係企業に依存しているわけで、この担当者は、「ただの取引先だなんてとんでもない。ともに国を守るパートナーであり、手を取り合って支えあう戦友ですよ」と真顔で答えました。この『戦友』が今、冗談ではなく危機に瀕している。たとえば、こんなニュースがありました。
『防衛省ヘリ発注訴訟、富士重工が敗訴 東京地裁』(3月1日 朝日新聞)http://bit.ly/1kxE0IT
<防衛省から発注を受けるはずだったヘリコプター62機が10機に減らされ、米メーカーに支払ったライセンス料などの初期投資を回収できなくなったとして、富士重工業(本社・東京)が国に約350億円の支払いを求めた訴訟で、東京地裁(松井英隆裁判長)は28日、請求を棄却した。
(中略)
富士重側はこうした初期投資を分割し、1機ごとの代金に上乗せして回収する予定だったが、防衛省が調達方針を変更。07年度までの計10機だけで打ち切られ、「初期投資は防衛省側が全額負担するという合意があった」と訴えていた。>
これは、見通しが甘い企業側のミスと片づけがちですが、そうではありません。防衛省も含め、日本の官公庁は5年を超える長期予算を組むことはほぼありません。それは、このアパッチのような大掛かりな装備品であっても同じです。それゆえ、企業側は予算に計上されるよりも何年も前から研究開発費を自腹で出しているわけです。
なぜそんなことが可能なのか?そこには各企業の『心意気』の存在が大きいと、その陸自の調達担当者は申し訳なさそうに明かしてくれました。
「聞き取りをすると申し訳ないような気持になるんです。生産ラインを維持するのがやっとといった厳しい状況の中でも生産を引き受けるのは、国の防衛に少しでも寄与しているという誇りであり、社員は皆同じ思いだ!と話す方がいたり、我々は青い服(某企業の作業着の色)を着た自衛官なんだという自覚を持てと、後輩技術者に言い聞かせている方までいるんです」
各社、売り上げに占める防衛装備関連の比率は1%~3%。社内でも肩身の狭い思いをしながら、それでも誇りを胸に歯を食いしばって仕事をする。
物語としては美しい話ですが、現実には非常に厳しい。民間企業は当然利益を追求しなくてはいけませんし、そんな不採算部門には後継となる新人もおいそれとは入ってきませんからね。
さて、そんな企業の台所事情を知っていながら、なぜ防衛省側もこんな仕打ちをしてしまうのか?そこにはお役所仕事の悲しさが満ちていました。防衛省側の調達計画は、10年先を見通す防衛大綱、それを受け5年ごとに改定される中期防衛計画に基づいて立てられます。とはいえ、そこで決められるのは計画だけ。予算については、毎年毎年財務省と折衝しなくてはなりません。景気の良い時には税収も伸び、その分予算は付きやすいのですが、ここ20年の不景気で予算は減少傾向。それゆえ、計画には盛り込まれていても予算の手当てが出来なくなってしまうものがどうしても出てきてしまうそうです。さらに、近年は個々の装備品が高性能化、ネットワーク化されるに伴い高額化が著しく、その分調達数が限られてしまうとのこと。
「毎年予算が限られているのに、100億円とも言われるティルトローター機(※)の購入が政治的に決定されてしまうと本当に辛い...。どう台所を切り盛りするか、頭を抱えますよね」
調達する陸自側も、ない袖は振れぬという悲しさを抱えているようです。調達期間が短いうえに、一般競争入札が原則で、企業としては先行きが見通せない状態。その影響はすでに現場に現れていて、この20年で事業撤退を余儀なくされた会社が150社以上、倒産してしまった会社も40社以上あるそうす。こうなると継承されてきた技術が一瞬で消えてしまうことになります。
そもそも、一般競争入札という一番安い金額を入札した会社が落札する方式では、高い品質を保証できません。それより、多少品質が劣っても安い金額で作った方が儲かるからです。今のところは品質の高さを『心意気』で担保していますが、これは先の見えない消耗戦。いずれ破たんするときが来てしまいます。その時、我々は安い中国製の武器を買うとでも言うのでしょうか?こんなこと、今は「極論だよ」と笑い飛ばすことができます。しかし、20年後に同じことが言えると断言できますか?取材をしている間、陸自の調達担当者の目は一度も笑いませんでした。現場は、事の深刻さをひしひしと感じています。
(※)垂直離着陸機のうち、ローター(プロペラに似た回転翼)を、機体に対して傾けて(ティルトして)離着陸する機体のこと。MV-22オスプレイなどがある。
1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。
■出演番組
≪現在≫
・「飯田浩司のOK!COZY UP!」
≪過去≫
・「ザ・ボイス そこまで言うか」
・「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」
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