仕事でタクシーに乗ることがあるんですが、一人で乗った時はよほど疲れていない限り運転手さんと話すようにしているんです。よく言われることですが、タクシーのドライバーさんは景気に非常に敏感。ここ最近は、「アベノミクス来てます?」と聞くと、いろいろな話が聞けます。基本的には「来てませんねぇ...」から始まって、そこからタクシー業界は世間の景気の半年から一年遅れで良くなるが、悪くなるときはむしろ世間に先んじる。アベノミクスもほとんど来てない。実感がないまま、なんだか終わっちゃったみたいだ。と、話が続いていきます。どなたに聞いてもこんな調子なので、ん~やっぱりデフレのままじゃないかと肌で感じるわけです。そして、ベテランの運転手さんに出会うと、ここから「バブルのころは...」なんて華やかな話が聞けたりします。
それだけ年季の入った運転手さんだと、過去の栄華から今の苦しさまでをハンドルを握りながらじっと見てきているわけで、どこが転換点だったのかも鮮明に記憶しています。それはやはり、2000年に行われたタクシー業界の規制緩和。一気に参入者が増えた影響で、それまであった諸手当やボーナスが瞬く間になくなり、乗れども乗れども給料は増えず。会社によって多少の違いはあるようですが、運転手さんの給与は基本的に歩合制。会社の設定した一日の最低ラインを越えなければ基本給のみの支給にとどまり、それでは手取り10万ちょっと。
「これで女房子供を抱えて生活できます?だからね、最近じゃ若い人はほとんど入ってきませんわ」
収入を上げようと、個人タクシーに転じて毎晩のように深夜勤務をしだした知り合いは次々に過労で亡くなったと話すベテランさんもいました。さらに、新規参入で入ってきた人たちの中には道も何もよく知らない人も多い。
「昔は他県ナンバーがよくフラフラ右へ左へ車線を変えるようなことがあって危なかったんだけど、最近は同業者の方がよっぽど危ないよね。たぶん、カーナビ見ながら運転してるんだろうけど」
たしかに、私も「総理官邸まで」といったら絶句しているドライバーさんに当たったことがあります。
さて、そんな中、今国会ではタクシー規制の強化へ法案が提出されようとしています。
『タクシー規制強化 法案提出へ』(10月23日 NHK)http://bit.ly/Hfgb7s
行き過ぎた規制緩和に対してある程度の是正をかけるのは私は正しいと思うのですが、こんな反論もあるわけです。
『規制改革の再起動で既得権打ち破れ』(9月30日 日本経済新聞)http://s.nikkei.com/1agQ0pv
詳しくは全文を読んでいただきたいが、この中にこんな記述があります。
<(前略)タクシー規制は緩和のたびに業界団体が再規制をもくろみ、国土交通省や運輸族議員に働きかける繰り返しだ。そこでは往々にして参入規制や台数制限を強めて競争を排除しようという供給側の論理が優先する。運転手として新たに職を得ようとする人や利用者の利便を高める視点を置き去りにしてよいはずがない。>
この記事の筆者は一度でもタクシー運転手の話を聞いてこの記事を書いたのでしょうか?あるいは、タクシーにお乗りになったことがないのでしょうか?タクシー規制は「運転手として新たに職を得ようとする人や利用者の利便を高める」ことを妨害するのだそうです。ではなぜ、タクシー業界のルールを十分に緩和している現状で、「最近じゃ若い人はほとんど入ってこない」んでしょうか?さらに言えば、今の緩和状態で「利用者の利便」は本当に高まっているのか?言い方は悪いですが、素人同然のドライバーさんがカーナビ見ながら右へ左へフラフラされることのどこが利用者の利便なんでしょうか?
この国は、いい加減「規制改革=規制緩和(=善)」という固定観念から抜け出さなくてはいけないと思うんです。新聞紙上では、規制緩和につしては「改革の進展」と書き、規制強化については「改革の後退」「既得権の擁護」と悪く書く。実際の中身を見ずに行われる、こうした一種のレッテル貼りが内容の濃い議論を妨げているような気がします。もちろん、規制がきつすぎて供給が行き渡らず、消費者が不便を強いられるようなら規制を緩和する意味があります。タクシーの例でいえば、規制強化の結果、台数規制がきつ過ぎて街中からタクシーがほとんどいなくなり、値段もうなぎ上りに上昇するようなら、私は「規制を緩和せよ!」と、今と真逆のことを言うでしょう。政策はタイミングだと思うのです。今は、規制をある程度強化するタイミングであると私は信じます。
運転手さんと話していて、私はロンドンタクシーのことを考えていました。あれだけサッチャリズムで規制緩和を続けたイギリス。規制緩和原理主義の方々が理想郷のように言うサッチャー政権のイギリスであっても、タクシーの参入規制は緩めませんでした。それは、タクシーの数を重要に見合った数に調整することがすなわち、タクシー運転手の質を維持するのに繋がることを見越していたからです。正当な対価(=給料)が保証されることによって、仕事の質が維持される。そのために日本でも、厳しい資格試験を設けてもいいのかもしれません。しかしそれも、きちんとした給料がもらえる仕事というゴールがあってはじめて、たくさんの人が受けるものだと思います。7年後には東京でオリンピックが開かれます。海外からのお客様を空港から市内まで最初におもてなしするのは、タクシーの運転手さんたちです。「オ・モ・テ・ナ・シ」が「ダ・イ・ナ・シ」にならないよう、動き出すなら「今でしょ!」
JR北海道の不祥事が続いています。ざっとキーワード検索しただけで3万件を超える結果が出てきました。その中から代表的なものを抜き出すだけでも、
『JR北海道のレール幅異常放置 責任者「理由全く分からぬ」 合理化で疲弊の声も』(9月22日 北海道新聞)http://bit.ly/17QloIn
『ATSブレーキ利かず走行 JR北海道、警報は鳴る 7月検査で異常見つからず』(10月8日 産経新聞)http://on-msn.com/1gQwx3V
『原因はパイプに隙間 JR北海道・根室線、普通列車の燃料漏れ』(10月18日 北海道新聞)http://bit.ly/1gQwTaP
現場職員の士気が著しく下がっているモラルハザードの問題や、組合問題など、原因については様々なことが言われているわけですが、9月の会見でも言及されている通り、根本には慢性的な赤字が存在することは明らかです。
なぜ、赤字が止まらないのか?
それには、鉄道には公共事業的な側面、いわばユニバーサルサービスであることを見なければなりません。今もお年寄りや学生が生活の足に利用する鉄道。なければ生活が成り立たないとなれば、赤字だからおいそれと止めるわけにはいかないのです。続けなければならないが、続ければ続けるほど赤字が出る。となれば、当然質が落ちます。安全にかかわるものでも、無い袖は振れないわけですから際限なく質が落ちるわけです。
たとえば、レールを支える枕木も...。
『JR北:腐った枕木 本線にも 社員「新品現場に来ず」』(10月7日 毎日新聞)http://bit.ly/17QnJDb
耐用年数もへったくれもありません。20年前、国鉄末期に「当分予算が厳しくなるから」といわれて設置された枕木がそのまま腐っていっても放置せざるを得ないのです。
しかし、こうなることは国鉄が分割民営化される当時から指摘されていた問題点でした。大都市に人口が集中し、地方部は過疎化が進むであろう。そうなれば、当然鉄道を利用する人数は減るであろう。今後高速道路網の整備が進めば、乗客減少は加速するであろう。分割民営化の際にこのような予想がなされ、大都市圏を抱える本州3会社は自立できるだろうが、島しょ部の3会社、JR北海道、JR四国、JR九州は経営が厳しいとされました。そして、これら経営の厳しい3社には『経営安定化基金』と呼ばれる資金が国から与えられ、これを運用することで赤字部分を補うように制度設計されたのです。しかし、民営化後のバブル崩壊、そこから続くデフレ不況で運用状況も悪化。持ちこたえる大都市圏と落ち続ける地方圏の格差がますます拡大し、それが経営を直撃。蓄積したひずみがこのような一連の不祥事となって噴出しているともいえるのではないでしょうか。
さて、最近話題の政策の中には同じようなリスクをはらむものがあります。その一つが、道州制をめぐる議論にもあるような気がしてなりません。税源も権限も委譲して、独立採算制をとることで各道州が切磋琢磨して非効率を排除し、成長していこうというのが道州制の理念。となれば、大都市圏を抱える道州は潤沢な財源を持って余裕のある経営が可能ですが、JRと同じように島しょ部、北海道、四国、九州は経営が厳しくなるのではないかと思います。今までは、様々な問題点が指摘されながらも、地方交付税交付金という形で地域間格差を是正してきましたが、それもなくなるとなると、道州ごとの格差は開く一方となります。当然、経営の苦しい道州では行政サービスの質が落ちる。そこに安い外資が導入される。行政の担い手として、労働力として、外国人が入ってくる。企業の経営ならそれでもいいのでしょう。しかし、行政機関でそれをやるリスクも押さえておかなくてはなりません。
経営が苦しくなるであろう道州は、いずれも国境に近い道州なのです。格差が広がることで、外資が導入されることで、外国からの移民が増えることで笑うのは、いったいどこの国なんでしょう?
結局、鉄道にせよ道州にせよ、公共サービスには自由競争がそぐわない場合があるということでしょう。JR北海道を見ていると、民営化がすべて善というわけではなく、ケースバイケースで考えていく必要があると思います。
APECからASEAN、TPP、東アジアサミットと、安倍総理の東南アジア外交が終わりました。インドネシア・バリからブルネイ・バンダルスリブガワンと回ったこの一連の首脳外交を日本のメディアがどう伝えたかというと、アメリカ・オバマ大統領の不在と、相変わらず中・韓との間が冷え込んでいるというものでした。
『中韓首脳と同席なのに... 関係改善に首相動かず』(東京新聞 10月11日)http://bit.ly/1aeiHSs
『日中韓3カ国の微妙な関係があらためて浮き彫りに』(FNN 10月11日)http://bit.ly/1878Uk3
まるで、我が国は米・中・韓としか外交していないかのような書きぶりです。たしかに地政学的に見れば、膨張する中国に対して我が国は対話を旨とし、韓国やアメリカとの連携していくことが必要という理想論もわからないではありません。その視点に立てば、日本外交の関心事はやはり米・中・韓であると。
しかしながら、中国の外交のように軍事力、すなわちハードパワーでゴリ押しするという外交手法がある一方で、いま世界で注目されている外交手法がソフトパワー外交です。この視点から外交を見ていくと、米・中・韓の3か国を見ているだけでは成り立たなくなります。そもそもソフトパワー外交とは、アメリカの保守系シンクタンク、戦略国際問題研究所のジョセフ・ナイ元国防次官補が提唱した概念で、軍事力などの対外的な強制力を使わず、文化や政治的価値観、政策の魅力などへの支持や理解ともとに他国を動かそうとする外交のこと。一見すると、抑止力を中心とする外交とは対立項となりそうですが、さにあらず。
先日来日し会見した、イギリス王立防衛安全保障研究所のマイケル・クラーク所長は、ソフトパワーとハードパワーは車の両輪であると語りました。その上で、
「ハードパワーとソフトパワーは双方ともに重要になってきている。世界、あるいはその地域を主導するルール作りの実効性を上げるには、軍事力(ハード)のみならず、ソフトを使った外交が有効。ハードをすぐ使える環境にあれば、ソフトはより力を増す」
と語っています。
そして、ソフトパワー重視のこの世界外交の流れは日本にとっては有利ではないか?とも提言しました。というのも、日本は戦後50年、ある意味でハードパワーを否定し続けてきたわけです。それは、日本自身も否定し、周辺国も日本の軍事大国化を警戒し続け、圧力をかけ続けてきたのです。それゆえ自ずと、日本はソフト重視の経済協力外交を繰り広げてきました。
今、世界がソフトパワー外交にシフトする中で、ASEAN諸国を中心に次々と花開いてきています。JICA(国際協力機構)の田中明彦理事長は、
「日本の活動は現地のメディアに取り上げられることが非常に多い。それは、日本の存在感向上、イメージアップに非常に寄与している。」
と語ります。
もちろん、JICAが活動するアジア諸国やアフリカ諸国では、札束で頬をひっぱたくような中国の援助外交が注目されていて、日本のメディアも『中国のソフトパワー外交、世界を席巻』なんて書くことが多いわけですが、
「役に立つか立たないかはともかく、目立つところにでっかいビルを建てて、そこに中国の国旗やマークを派手に掲げる。そんな目立ち方を日本人はしたいですか?相手を思い、相手の有益なことをやって、自ずと目立つのが日本人のメンタリティではないですか?日本のこの、顔の見える援助は確実に日本のプレゼンスを向上させていると思う」(田中理事長)
メディアではあまり報じられませんが、伝統のソフトパワー外交で日本にシンパシーを感じてくれる国は多い。すなわち、ソフトパワー外交の分野では日本の潜在力は相当なものがある。それを知らないのは、日本人と日本メディアだけなのではないか?と思うのです。そして、安倍総理が掲げる価値観外交、積極的平和主義というのものは、先人たちが、あるいは今現在多くの日本人が現場で生み出してくれたソフトパワーを外交の場に積極的に使っていこうという概念だと言うことができます。ここまで考えると、従来通り米・中・韓のみを報じる日本のメディアは、物事の一面のみしか報じない物足りないものであると思います。
では、今回の首脳外交での中・韓以外の諸国との関係はどうなっていたのか?同行した世耕官房副長官は、
「安倍総理が主張していた南シナ海における法の支配の徹底と行動規範の策定について、(ASEANの)7カ国の首脳が安倍総理と同様の主張を、中国の李克強首相を目の前にして展開した。」と明かしています。
※カッコ内は筆者
『APEC、ASEAN:安倍総理の活躍を正確に伝えたウォールストリートジャーナル』(10月11日 ブロゴス)http://bit.ly/1ah0XpF
この7か国がどこであるかは外交ルールで特定できませんが、日本が一歩前に出たとき、ともに進んでくれる国々がこれだけあるということだけでも、私は胸が熱くなってきます。こういうことこそ、メディアが報じるべきものなのではないでしょうか?アメリカ・オバマ大統領の不在で中国の独壇場と思われた一連の会合は、中国のハードパワー外交の時代遅れが際立ち、かえって日本のソフトパワーの底力を見せたものになったのと私は思いました。
1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。
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